ねこのの。

 

エピローグ:出会

    真昼の流星を見てから、三年が過ぎた。
 あれから俺は、宇都宮大学の教育学部を受験、見事宇大生となった。
 下宿は、散々悩んだ挙句止めにして、和泉家から通うことにした。
 東部宇都宮線を使えば、星野からでも2時間もあれば大学へはいける。
 ならば、はるねぇが帰ってきたときに、「お帰り」を言ってやりたいじゃないか。
 そのために、原付免許は高校のうちに取った。今度は、自動車免許も取る予定だ。
 どうしても通うのが厳しいときには、大学近くの、西大寺愛士(さいだいじ あきひと)のアパートに泊めて貰っている。
 ――――ヤツとは、なんと同じ学部生だ。あいつが教師になるなんて、世も末だ。……えっ? 『誰』なんだって?
 ……あぁ、そうか。『元生徒会長』といえば分かるかな。ヤツとの腐れ縁も、運命なんだろうな。
 
 “大学生”というものに慣れてからは、俺は休みともなれば星野の各所を巡り歩いている。
 場所は、――――言わずがなだとは思うが――――はるねぇとの、思い出の場所だ。
 そう。俺は、いまだにはるねぇを探している。はるねぇが『見つけて欲しい』と言ったのだから、必ず見つけてやる。
 ――――そんなはるねぇ探しの最中に、俺は、あの子と出会ったんだ。

 ――――――これも、運命だったのだろうか。だとしたら、その女神は、はるねぇなのかもしれない。
 その“人猫”の子は、星野遺跡の中で、丸まって、震えていたんだから。


――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *―――――――― 


 “はるねぇ探し”と言っても、別に犬猫の子を探すように、名前を呼んで、きょろきょろとしている訳じゃない。
 はるねぇとの思い出の場所を、はるねぇのことを思い出しながら、ゆっくりと歩いていく。ただそれだけの事だ。
 傍から見たら、ただの散歩に過ぎないのかもしれない。思い出とともに歩む、そんな時間に。 
 ただし、意識を思い出に沈めていくのではなく、逆に、周囲に拡げていく、というのが散歩と違っている点だ。
 はるねぇの事を想いながら、周囲の木々に、風に、大地に、光に、ありとあらゆる物に注意を払っていく。
 ――――だって、はるねぇが何に生まれ変わっているのか、分かったものじゃない。
 あの馬鹿姉の事だ。うっかりと蝶にだって、なっているかもしれない。

 ともかく、そんな、はるねぇ探しの最中に、あの子を見つけた。あの子は、星野遺跡の中にある、竪穴式住居の中で、丸まって、震えていたんだ。

「おい、お前。……そんなとこで、どうした? 大丈夫か?」
 俺が声をかけると、その子は大儀そうに、こちらを見た。そして、消え入りそうな声で、ささやいたんだ。
「……あぁ、ゴメンなさい。だから、放っといて下さい」
 小さい体を更に小さくして、震えている。……そんな姿を見たら、放っておける訳がないじゃないか。
「大丈夫。別に怪しい人じゃないし、君に危害を加えるつもりも無い。――――何か、俺で手伝えることは?」
 その子は、いぶかしげな顔をして、俺の顔を見た。そして、「まぁ、一応安全だ」と判断したのだろう、体の緊張を解いた。
「……ここは、何処なんですか?」
「ここ? ここは、竪穴式住居の中。詳しくは、星野遺跡って言う、人気の無い遺跡の中」
「星野……遺跡……? ! それじゃあ、ひょっとして、ここは『星野』なんですか?」
「そうだね。ここは、栃木県栃木市星野。君の言う『星野』って、ここの事なのかな?」
「それじゃあ、私は……はるねぇさんが言っていた『星野』に、やっと辿りついたんですね……」
「!? 君は、はるねぇの事を――――」
 しかし、その子はそう尋ねた時には、既に気を失ってしまっていた。何気なく体に手を触れると、――――熱い。
「っっ! おい、大丈夫か! しっかりしろ!」
 俺は、その子を抱き上げると、すぐに家へと引き返した。

――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *―――――――― 

 家に帰った俺を、詩穂さんが目を丸くして迎えてくれた。
 ――――まぁ、散歩に行ったと思ったら、“人猫”の子を抱えて血相を変えて帰ってきたんだ。無理もないと思う。
「結城君、その子――――」
「……詳しい話は後で。熱があるようなんだ」
 俺はそれだけを言うと、そのまま自分の部屋に飛び込んだ。
「でも、その子は……」
 後を追ってきて、なおも心配そうに言う詩穂さん。
「あー……なんだ。妹が欲しくなったんだよ!」
 半ばやけになって、適当に思いついたことを言う。言った後で、「しまった」と思った。案の定、詩穂さんは笑い出した。
「ふふふ……立秋と同じ事を言っちゃって。――――待ってなさい。今、氷水とタオルを持ってくるから」
 これで、今晩からかわれるのは、決定だな。そう思ったものの、別に後悔はしていなかった。
 この子が助かるのなら、家族に何て言われようと別にいい。――――そう、思っていた。

――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *―――――――― 

 その子がよくなるまで、俺は付きっ切りで看病をした。当然、大学は休んだ。
 詩穂さんが言うには、極度の緊張と過労から来た発熱だそうで、ゆっくりと休ませれば、大丈夫だそうだ。
 代返やノートのコピーなんかは、西大寺に頼んだ。理由を聞いた彼は、二つ返事で引き受けてくれた。
 いつもは変なヤツだか、こういういざって時には頼りになる。そんなヤツだ。
 結果、俺は三日間大学を休んだだけだった。二日目の朝、あの子は目を覚ました。

「…………ここ……は?」
 目が覚めたその子は、開口一番に、そういった。
「おはよう。俺の事は、覚えている?」
「――――はい。なんとなく……ですけど。ゴメンなさい。よく覚えていなくて」
「そう。あぁ、別に謝らなくても。ここは、星野。君が言っていた『星野』って、ここの事なのかな?」
「……多分、そうだと…………ゴメンなさい。私、話に聞いているだけで、実際の場所は、知らないんです」
「そうなのか。その、話って、誰に聞いての?」
「はるねぇさんに……ゴメンなさい、はるねぇ、さんです」
 見たところ、10歳前後といったところの子が、しきりに『ゴメンなさい』を連発するのに、少々引っかかった。
「君は、はるねぇを知っているの?」
「はい……あっ、ゴメンなさい。話をしたことがあるだけ、です」
「そうなんだ。――――はるねぇ、元気だった?」
「えっと……あなたは……あっ、ゴメンなさい」
 また『ゴメンなさい』だ。……一体何をそんなに怯えているのだろう。
「俺は、川島結城。一応、宇都宮大学教育学部に所属。君は?」
「……ゴメンなさい。名前、ないんです」
「名前が……ない?」
「えっと……お店では“7番”と呼ばれていましたけど……」
 噂で聞いたことがあった。
 以前は“人猫”は純粋に愛玩動物として需要があったのだが、その寿命の短さから、そのブームは下火になった。
 変わりに最近では不純な愛玩動物として、夜の世界なんかの需要が増えてきている、らしい。
「ゴメンなさい、ゴメンなさい。……なんか怒っちゃいました?」
「いや、別に怒ってなんかないから、大丈夫」
「それで、えっと……川島……結城さん? え? あっ、もしかして……」
「? もしかして、なに?」
「えっと……違っていたらゴメンなさい。ひょっとして、はるねぇさんの『自慢の弟』さんですか?」
 …………この子が、はるねぇと話をしたことがあるのは、理解した。でも、姉さん。あなたは一体何を吹聴して回ってるというんですか……
「あぁ……あの劇的な恋愛模様のもう一方に会えるだなんて……」
 その呟きを聞いたおれは、頭を抱えるしかなかった。

――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *―――――――― 

 その晩、家族全員とあの子を交えて、今後の事が話し合われた。……とは言っても、ほとんど話し合いらしい場面はなかったが。
「どこかいくあてはあるのけー」
「いいえ」
「はっはっは。なら、ここに居るかい?」
「……」
「ふふっ。あなたの好きにしていいのよ」
「……私は……」
「大丈夫。ちゃんと責任は取るよねぇ、結城君☆」
「……だからウインクは……って、責任ってなんですか、責任って」
「はっはっは。結城君、和泉家の男なら、黙って責任を取る!」
「……若いって、ええのぉ……」
「…………」
 どれが誰の発言なのかは、推察して欲しい。この一件については、俺は何も語りたくない。

――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *―――――――― 

 翌朝、俺とあの子は連れ立って市役所へと赴いた。何でも、きちんと“人猫”と暮らすには、市役所で登録をしたほうがいいのだとか。
 意味がよく分からなかった俺を、立秋さんは「行けば分かるよ」としか教えてくれなかった。

 入り口のインフォメーションセンターで、用件を伝えると、「それなら市民生活課です」と教えてくれた。
 いわれたとうりに、市民生活化の窓口へ行く。そこで用件を伝える。
「あぁ。“人猫”の登録ね。ちょっと待ってね」
 そういって、後ろに向かって、声をかけた。
「おい、ねこのの。取ってくれんか」
 すると、奥にいた職員が、返事を返してきた。
「ねこのの。かぁ……最近少なくなったなぁ。ちょっとまって、今取ってくる」
 先ほどから聞きなれない単語が飛び交っていたので、思い切って聞いてみた。
「あの……すみません。ねこのの。って、なんでしょう」
「ん? あぁ、“人猫”用の書類一式の事だよ。――――正確には“人猫”の受け入れに関する登録書類等の一式……だったっけ」
 めんどくさいからさ、愛称で呼んでるんだよと、その職員は笑った。語尾に。が付いているのは、提案者のこだわりらしい。
「はい、これがねこのの。――――まず、ここに保護者になる人の名前」
「保護者?」
「言葉を悪くすれば、飼い主もしくは拾い主ってとこかな。……これはあなたでいいのかな?」
「はい。川島結城でお願いします」
「はい。――――次に、ここ。続柄」
「……続柄?」
「そう。お父さんでも良いし、お兄ちゃんでも良い。どうする?」
 今まで黙っていたあの子が、おずおずと口を開いた。
「あの……できれば、お兄さんで……」
「はい、じゃあお兄さんっと。で、ここは……」
 こんな調子で、現住所だとか、入手状況だとかが聞かれていった。そして、それをひとつずつ埋めていく。
「はい。じゃあ最後に。この子の名前は?」
「名前……ですか」
 一応、本人に確認を取るも、別に何でもいいという。
「それじゃあ、『あき』でお願いします」
「あき……ね。どんな字?」
「アジアの『亜』に、希望の『希』で」
「はい……亜、希……っと。はい、お疲れ様でした。後はこちらで処理をしておきます」
「はい。よろしくお願いします」
「はい。ねこのの。確かにお預かりしました」

 帰り道、あの子は嬉しそうに、俺の腕にしがみつき、聞いてきた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん。何で名前、『亜希』にしたの?」
 そうだ。この子は、もうあの子なんかじゃない。俺の妹の亜希なんだ。
「ねぇねぇ、どうして?」
「……“人猫”って、人間の亜種じゃないかと、俺は思うんだ。だから、亜種の『亜』と、いつまでも希望を忘れないで、という思いを込めて、『希』」
「希望の……希」
「まぁ、秋に出会ったってのと、俺の妹って事ははるねぇの妹って事だから、季節の『秋』にも引っ掛けてはいるんだけどな」
 気に入らなかったか? と聞くと、亜希は満面の笑みを浮かべて、首をブンブンと横に振った。
「ううん。……お兄ちゃん、だ〜い好き!」
 そういうと、俺の左腕に全身でしがみついた。…………いや、こんなとこ、西大寺に見つかったら、何を言われるか……。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん! 亜希ね、やっぱり、生まれてきてよかった!!」
 そういった亜希の笑顔を見て思った。
 ――――いいたいヤツは、勝手に言ってれば良い。俺は、この亜希の笑顔を、これからも守っていくんだ。

 空を見上げる。視界の先には、建物に切り取られて入るものの、何処までも青い空が広がっている。
 高く、澄んだ空は、届くことのない高さであり続け、降りしきる光の波長は辺りのすべてを輝かせている。
 雲ひとつない空を見上げて、思う。
(はるねぇ、早く帰って来いよ。俺たちの妹も、待っているから)
 目を閉じて、一つ、深呼吸。目を開ければ、そこに、無限の空が、拡がっていた。

「よし、うちに帰るぞ、亜希!」
「うん! お兄ちゃん!!」

 二人の周りに、秋の風が、優しく吹いた。落ち葉が、励ますかのように、ささやく。
 ――――それは、はるねぇの声だったのかもしれない。
 そんなことを考えながら、星野の、俺たちの家へと、向かうのだった。

  


あとがき2

 はい、ということで、あとがき2となります。

 ねこのの。のその後(?)の物語でしたがいかがだったでしょうか。

 そもそも、この話が出来上がったのは、『初恋?』が完成した直後でした。
 『初恋?』が女性陣側のお話だったので、番外編として男性陣側のお話を作っていたのです。
 ところが、1:30に本編をUPして、そのままの勢いで創っていたために、
 だんだんとハイテンション状態になっていき、あわや18禁ものへ。
 某チャットで少々話したのですが、
「・・・はるねぇ・・・・?」「んふふ・・・・ほら。みてみて。」
「「・・・(男性陣)・・・!」」「ち・ちょっと、なにするの?榛奈!?」とか。
「ま・まって、うそだよね・・・溝口さん・・・?」とか。
 その他色々、とてもじゃないけどこんなの書けるか! という怪しい夜のお話になってしまいました。

 で、これではいけないと、心機一転書き始めたものが、この『エピローグ:出会』だったわけです。
 なんと第4章よりも先に、書きあがってたんですね。これが、4章が本編よりも重くなってたわけです。
 また、当初このパートは『初恋?』と一緒に書いたため、『初恋?』のような文体でした。
 今回、だいぶ手を入れては見たのですが、その名残が各所に残ってしまっています。
 ちなみに、会長の名前は『初恋?』学祭編で必要なネタだったために命名したという背景があったりします。

 とにかく、色々とイレギュラー的な要素盛りだくさんの状態で生まれてきたこのお話。
 更には書くかどうか分かっていないグランドフィナーレのつなぎ役も担わされているという、
 もう、とんでもないコンセプトのお話であった訳ですが、いかがでしたでしょうか。
 少しでも気に入ってくれた部分があれば、作者としても、嬉しい限りでございます。

                     『お兄ちゃん』と呼んでくれるネコみみ娘が書けて満足の、香月