ねこのの。番外編

  

邂逅

  

 その時、オレは星を待っていたんだ。

 谷倉山って山の中腹で、一人で。
 八月の夜とはいっても僅かに肌寒く、柔らかい夜風が髪を揺らしていたのを覚えている。

 無論、そこに着くまでは父親と一緒だった。
 でも、着いて早々に「しまった、大事な事を忘れていた」と父親が下山。
 なんでも「取引先と連絡を取らなきゃいけなかったんだ」とか言ってたっけ。
 「一緒に戻るか?」の問いに、オレは「星を、待ってる」と答えたんだ。

 
 周囲の森林は静寂に包まれ、
 慣れない浴衣の擦れる音だけが微かに広がり、
 消えていく。

 一人っきりになっても、別になんてことはなく、星空を見上げ続けていた。
 だって、オレはその頃から『見上げる』ということがスキだったから。
 視界が空で埋まり、自分というちっぽけな存在を感じることが出来る。そんな穏やかな孤独が好きだったから。

 だから正直、背後で「ガサッ」て音がした時にも、別に気にしなかったんだ。
 父親が迎えに来るには早すぎたし、何より自分以外に誰か他の人がいるだなんて考えても見なかったんだ。
 ……その音を立てた「誰か」に声をかけられた時には、夢かとおもったね。
 だって、猫耳がついている女の子だったんだから。当時は「人猫」なんて単語も全く知らなかったしさ。

 ただ、目がキラキラと光っていて、綺麗だなぁって、思ってたんだ。
 だから、その子に声をかけられても別に驚きもしなかった。夢なら、なんでもありだしね。

 その子は、「怖くないの?」って聞いてきたんだ。
 「一人でいて、怖くないの?」って。


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「……ねぇ、一人でこんなとこにいて、怖くにゃいの?」
「何で? こんなにも心地よいのに」
 ボクは心底不思議だった。何で怖いんだろうと、本気で思った。
「だって、独りぼっちにゃん? 寂しいにゃん?」
「……そうかなぁ。だって空を見上げてごらんよ」
「……?」
「ホラ、世界って大きいよねぇ。ボクなんかには想像も出来ないほど、拡がっていて――――耳を澄ませば、色々な“世界の音”が聞こえてきて」
 虫の音、風の音、木々の音、川のせせらぎ。…………そして、自分の鼓動・息遣い。
「こんなにも大きくて、拡がっている世界の一つとして、ちっぽけな自分もその中に在る。なんか世界のすべてと友達になったみたいでしょ?」
「……すべてと、友達?」
「うん。そう思うと素敵じゃない? なんかワクワクしてこない?」
「…………にゃん。そうかもにゃ……」
 そういうと、その子はとても綺麗な笑顔で笑ったんだ。だから、ボクもちょっとだけ嬉しくなって。
「ねぇ、だからこれで、君とも友達だよ。こっちで一緒に星を見ようよ」
 そういって、手を差し出したんだ。
「今日はね、流れ星を待っているんだ。……知ってる? 流れ星に3回願い事を言うと、それが叶うんだって」
「願いが……叶う?」
「うん、だからさ、一緒にお願いしてみようよ」
「にゃん! 一緒に、にゃ!」


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 繋いだ右手。肩に伝わる温度。
 猫特有の柔らかい毛が首元に当たって、
 少しこそばゆかった。

 二人の間に声は無く。
 ただ時折、
 背中に優しく触れる尻尾の動きだけが、会話だった。

 夏水仙の香り。
 見上げ続ける夜空には、
 白に輝く無限の星々が浮かんでいた。

 願いを掛ける白線を、ずっと、待っていた。


 星を、待っていた。



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「そんなことがあったんだぁ」
 亜希は目をキラキラさせながら、ほうっと溜息をついてそういった。
「うん。まぁ、といっても、俺もすっかり忘れていたんだけどね」
「えーっ、そうなんだぁ。なんか薄情ですぅ、お兄ちゃんって」
 なぜか拗ねたような声を出す亜希にオレは苦笑する。
「無理いうなって。小さい頃のたった一晩だけの出来事をいつまでも覚えてないって」
「でもぉ……」
「第一、あの頃は夢かと思ってもいたしな。まぁ、結局は忘れられない記憶だったわけだけど」
 それを聞くと、亜希はとても嬉しそうに俺の腕にしがみついてきた。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん、亜希は? 亜希は? 亜希はお兄ちゃんの友達?」
 少しだけ考えた後、俺は正直に思ったことを答えた。
「そううだなぁ。友達って言えばそうなのかもしれないけど……でも、兄弟って多分、友達以上の存在なんだと俺は思っているぞ」
 いやか? の問いに、亜希は満面の笑みを浮かべて、首をブンブンと横に振った。そして、俺を押し倒さんばかりの勢いで抱きついてきた。
「ううん。……お兄ちゃん、だ〜い好き!」