いぬのの。


「……あのね、ゆーちゃん」

帰宅した俺に『おかえり』よりも先に浴びせられたはるねぇの言葉。

いきなり何があったのか知らないが、
シーツなんか被って玄関口に居るもんだから驚いた。

「………………」

「どうしたんだよ」

溜めてるのか何か解らないけど、
中々口を開かないはるねぇ。

「あたし、ホントは犬娘なの」

イヌムスメ?

一体何をはるねぇは言っているんだ?

俺が一瞬呆気に囚われているうちに、
はるねぇは被っていたシーツを投げ飛ばすような勢いで脱ぎ捨てる。

シーツが宙を舞い、
そこから現れたのはダックスフンドのような垂れた耳と、
ポメラニアンみたいなふっさふさの尻尾をもったはるねぇだった。

「ごめんね、ゆーちゃん。
 もう、一緒にはいられないよ」

この世の終わりみたいな悲しい表情をはるねぇは見せる。

「な、何言ってるんだよいきなり」

俺ははるねぇの言葉が冗談と受け取れず、
うろたえた声をあげる。

「そ、そのくらいの姿なら問題ないじゃないか」

耳なんか帽子被れば良いし、
尻尾だってパンツルックならそんなに目立たない……と思う。

我ながら苦しい自己完結だと思う。

「犬娘はね、恋した相手との温もりを求めるの、
 それが幸せで満ち溢れると元の姿に戻っちゃうの」

それを言うはるねぇの姿が徐々に縮んで、
手足は髪と同じ色の体毛に覆われだした。

「あたし、ゆーちゃんと恋人になれて幸せだったよ」

その言葉を最後に、
はるねぇは子犬に姿を変えたのだった。

………

……



「はるねぇ!」

「うわぁっ!」

はるねぇの名を叫びながら、
飛び跳ねるような勢いで起き上がる。

同時に隣に居たはるねぇがベッドから転がり落ちた。

あれ? はるねぇが居る。

「ゆ、夢かぁ」

俺は大きく息を吐き出しながら、
胸を撫で下ろした。

そうだよなぁ、子犬みたいに可愛いはるねぇだけど、
流石に子犬になっちまうなんてありえないよなぁ。

「いたたぁ……ゆーちゃん、どうしたの?」

転がり落ちてぶつけた頭を摩りながら、
もそもそとベッドの上の俺に顔を見せた。

「……ぇ?」

顔をだしたはるねぇを見た瞬間、
俺は思わず間抜けな声をあげ、固まってしまった。

はるねぇの頭には夢で見たのと同じ犬耳があった……

「は、はるねぇっ!」

俺は頭が真っ白になって、
何も考えないではるねぇを強く抱きしめていた。

「えぇっ!?」

はるねぇの本日二度目の驚きの悲鳴があがる。

「お願いだ、元の姿なんかに戻らないでくれ!」

「はぃっ!?」

本日三度目をあげるはるねぇに、
俺は離すものかと縋り付いていた。

「置いて行ったりしないで……」

幸せだったなんて言って置いてかれたら、
俺はどうすればいいのか解らないから。

「大丈夫だよ」

パニック状態の俺を落ち着かせようと、
耳元ではるねぇが優しく囁く。

空いていた両手で、
俺をそっと抱きしめ返してくれる。

なんだか自分でも解らないが、
それだけで不思議と安心出来て、
つい涙があふれ出した。

………

……



「ありがとう」

抱きしめていた腕を離して、
はるねぇを正面にして腰を落ち着ける。

三十分くらいだろうか。

はるねぇは俺が落ち着くまで、
無言で抱きしめてくれた。

その暖かな静寂が心地よかった。

それに、はるねぇの抱き心地は、
離してしまうには名残惜しかった。

はるねぇも同じ事を思ったのか、
手を離した時少し残念そうな表情をしていた。

「ごめん、みっともない所を見せて」

流石に声を出してって程じゃないが、
はるねぇの腕の中で泣いていたのだから。

頼れる弟としては失格物だなぁ。

「ううん、嬉しかったよ。
 それに珍しいゆーちゃんの泣き顔も見れたしね」

はるねぇが『鬼の首取ったり』とでも言いたげに、
無邪気な笑顔を咲かせる。

……失態だ。

はるねぇ的にはOKかもしれないけど、
このままでは主導権を奪われかねない。

ここは反撃に転じてみようかと思う。

「――っ!」

はるねぇが反応する隙を与えないように、
一気に抱きしめて唇を奪う。

別に、はるねぇの笑顔の可愛さに、
我慢が出来なくなった訳じゃないぞ。

ち、違うんだからなっ。

くどいようだが、これは反撃なんだぞっ!

「ゆ、ゆーひゃん」

パニクてたさっきに続いて何度目かの不意打ちに、
流石にはるねぇは対応してきたらしく、
俺の名を呼ぶ余裕くらいはあったらしい。

とどめとばかりに舌を絡め、
はるねぇの抵抗を一気に削ぐ。

驚いて強張っていた表情をしていたはるねぇだが、
既にうっとりととろけたような顔をしている。

口付けたままのはるねぇごと、
そっとベッドに倒れこんだ。

………

……



「へぇ、そんな夢を見たんだ?」

身なりを整えながらはるねぇは苦笑いを浮かべる。

ヤるだけヤってから、
結局はるねぇに何があったのだと問い詰められた。

別に隠すつもりもなかったので、
素直に夢の内容と園町語の心境を洗いざらい喋った。

ん、何を『ヤった』かって?

そんな野暮な事を聞かないでくれ。

ただ言える事は俺も若いって事だな……

「それで直後にあたしの姿を見て動揺したんだね」

妙に納得した風にはるねぇは呟いて、
さっきまで頭にあった犬耳カチューシャを手に取る。

「それは結局どうしたんだ?」

妙に精巧に作られた垂れた犬耳、
随分と手が込んだ出来で市販の出来合いとは違う。

「えっとね、ゆーちゃんの所の生徒会長君が前にくれたんだよ。
 これをつけた姿の写真が欲しいってね」

あの野郎か……頭痛がしてきた。

「あ、勿論写真は断ったよ?
 そしたら受け取るだけ受け取って欲しいって言われてね」

手にしたカチューシャを頭に、
ふさふさな尻尾をスパッツのおしりの辺りに貼り付ける。

あれって貼り付けてあったのかぁ。

って、そうじゃないな。

「なぁ、何で耳と尻尾つけてるんだ?」

俺が起きた時につけてたのは、
寝起きの俺を不意打ちで悩殺したかったらしい。

まぁ、いろいろと理解に苦しむが、
とりあえず、もうつける必要はないのではなかろうか?

「じゃあ、お買い物でも行こうか」

「はぁっ!?」

今日は何度かはるねぇを驚かせてきたが、
今度は俺が驚く番らしい。

犬耳・尻尾で外に出かける?

ベッドから転げ落ちた時に、
頭の打ち所でも悪かったのだろうか?

「大丈夫か?」

はるねぇが正気を確かめる。

熱はなさそうだし、
目の焦点はシッカリしてる。

外見的にはどこかオカシイ様子は見られない。

「ほら、行こう♪」

心配してるのを気づいてない様子で、
はるねぇは俺の手を引いて外へ連れ出した。

………

……



「えいっ!」

オートロックのエントランスを抜けると、
はるねぇは嬉しそうに俺の腕に自分の腕を絡める。

幸せそうに微笑んではいるが、
時々ニヤリと何かを伺いつつ、
企むような視線を向けてくる。

「なぁ、はるねぇ?」

「なぁに、ゆーちゃん」

苦々しく居心地の悪さを感じている俺の声に、
はるねぇが白々しく澄ました様子で返事をする。

組んでいる腕に感じるのだ、
小さくも柔らかい胸の感触が。

しかも、これでもかってくらいに、
ぐいぐいと押し付けてくるのだ。

「こういう時は、こう言うんだよね?」

俺が目で訴えてると、
はるねぇはコホンと一呼吸置く。

「当ててんのよ♪」

そして、ニヤリと、
してやったりって表情で言ってくれる。

「なぁ、はるねぇは何がしたいんだ?」

俺とはるねぇの姿は嫌な意味で注目の的だ。

道行く人からは怪訝な顔をされ、
冷ややかな視線が俺達を射抜く。

井戸端会議してる奥様方は、
俺達の方をチラ見しながらヒソヒソ話をするし。

小学生くらいの子供が俺達を指差しては、
母親に『見るんじゃありません』って言って引きずられていく。

はるねぇは楽しそうに(時々ニヤニヤと)微笑んでいるが、
俺は背中に冷や汗をダラダラとかきっ放しだ。

正直な話、もう泣きたい。

「……もう、いいかなぁ」

はるねぇは満足した風に答えた。

「今日はゆーちゃんの珍しい姿が見れたからさ、
 ついでに困ってるゆーちゃんを見てみたいなぁって思っただけ」

「………………」

はるねぇの動機に俺は言葉をなくす。

それと同時にはるねぇが壊れてしまったんじゃないかと落ち着かなかった気持ちが、
少しずつだが冷静さを取り戻し始めた。

その状態でもう一度はるねぇを観察してみて気づいた。

困った俺の姿を見て楽しんでいるが、
耳まで真っ赤に染めて恥ずかしいのを我慢している事実に。

「じゃあ、俺もはるねぇを困らせる」

気づいてしまうと不思議なもので、
さっきまで心配してた気持ちや恥ずかしかった気持ちが、
目の前で意地らしい行動を取るはるねぇの愛しさに変わっていく。

こうやって俺はダメ人間になっていくんだなって実感する。

「ゆーちゃんっ!?」

はるねぇが狼狽しだすが既に遅い。

俺は意気揚々と商店街の方へ足を進める。

実感したらこっちのもの、
死なばもろともって言葉に則り、
この羞恥プレイを楽しんでやる事にした。





数日後、この日の光景を生徒会長のヤツに見られてた事が発覚し、
俺はヤツの記憶がなくなるまでどつき続けることになるとは、
この時、予想もしていなかった。












〜あとがき〜

ども、You平です。

これで3作目の『ほしのの。』の掌編小説となります。

短編よりも短いのを掌編って言うんですね、
チャットの方で初めて知りました〜。

さて、今回はチャットでリク貰いまして、
絵板の犬耳はるねぇで書かせて頂きました。

あの情景に持っていくまでに随分と梃子摺りました。(笑

ディープキスの描写とか、
寸止め的な場面転換とか、
やってよかったのか少しビクビクしてたりもします。

極甘、もしくは獄甘を楽しんで頂けたなら嬉しい限りです。

それでは、失礼します。

(2007年7月11日)