平凡な日


「お先、失礼します」

店長に声をかけながらバイト先のコンビニを出る。

【バイト終わった、今から帰る】

ケータイを取り出して短いメッセージを打ち込む。

「送信っと」

送信完了の表示を確認して、
俺はパタンとケータイを閉じてポケットにねじ込む。

湿度の塊を浴びてるような不快な暑さと湿度に、
思わずダレてしまいそうになる。

俺とはるねぇが宇都宮で暮らし始めて三ヶ月が過ぎた。

俺は辛うじて宇大の教育学部に合格して、
一応、教師を目指して勉強に励む毎日だ。

最初は俺の一人暮らしを予定してのだが、
市内の看護学校に去年から通ってるはるねぇと一緒に暮らしてる。

去年の内は和泉家から通ってたのに、
俺が家を出るって言ったら『あたしも!』って言い出したのだ。

元々、和泉家から通っていたのも、
俺がまだ高校に通ってたからだってのは知っていたし。

詩穂さん達も俺と一緒なら安心だって言って、
ほぼ二つ返事だった。

はるねぇと一緒に暮らせるのは正直嬉しいしな。

それで俺の大学生活開始と同時に引っ越した訳だが、
和泉家に居た頃から一つ屋根の下だった俺達は、
別に変わる事もなくおだやかな生活を楽しんでいる。

でも和泉家よりも大胆に、
はるねぇと接する事が出来るのはやっぱり良いなぁって思う。

俺はふと視線を上げる。

道路を挟んで向かい側にある、
十階建てのマンションの六階ベランダ。

そのある一室をボーっと見つめながら、
正面の信号が変わるのを待つ。

対の信号が黄色に変わったのを、
視界の端に確認していると。

灯りの灯っていたその一室のガラス戸が開いて、
見知った人影が姿を現した。

「ゆ〜ちゃん、バイトお疲れ様ぁ〜」

大音量で叫びながら、
俺に向って満面の笑みで手を振るはるねぇだった。

「えぇーい、叫ぶな! 近所迷惑だろうが!」

この辺一体に響き渡る声に、
恥ずかしさのあまり発言とは見事に矛盾した叫び声をあげた。

これも初めての事でなく、近所中に知れ渡っていて、
『あぁ、またか』って程度の認識で済んでいるらしいが、
俺自身としては未だに慣れるもんじゃなかった。

俺は青に変わった正面の信号を見てから、
一気にマンションのオートロック扉の向こうに飛び込んだ。

………

……



「……ただいま」

「おかえり、ゆ〜ちゃん♪」

はるねぇの弾んだ声が出迎える。

その声より少し遅れて、はるねぇ自身も、
スリッパをパタパタと音を立てながら玄関まで出てくる。

「大丈夫?
 バイト疲れちゃった?」

俺の醸し出す疲れた空気に、
心配と困惑の混じった表情ではるねぇは気遣ってくれる。

気遣いは非常に嬉しいのだが、
バイト上がり“直後”の一件で疲れている事に気づいたほしい気もする。

それは少し難しいのか、
はたまた俺が慣れるべき事なのか。

「大丈夫じゃない、癒して」

脱力しながらはるねぇにもたれかかる。

玄関の段差のお陰で、
丁度はるねぇの肩の辺りに額を押し付ける感じになる。

「しょうがないなぁ」

耳元ではるねぇの嬉しそうな呆れ声が聞こえた。

俺の頭を包み込むように両手を回して抱きしめ、
子供でもあやすみたいにポンポンと優しく手を当てる。

はるねぇの優しい気持ちに包まれてるみたいで、
なんだか気持ちが軽くなってくる。

今日以外でも、疲れて帰って来た時とかも、
こうされると不思議と疲れが取れた気がした。

「癒された?」

「あぁ、とっても」

「よし、夕飯出来てるから一緒に食べよ?」

「おう」

コートを片して、
はるねぇの待つ食卓へ向う。

割と自信のある様子だったから、
今日の夕飯は期待できそうな気がする。

………

……



「「いただきまーす」」

手を合わせてから食べ始めるのは二人で食べる時の約束だ。

「それにしても、先に食べてて良かったんだぜ?」

「バイトで忙しいゆーちゃんに悪いもん」

嬉しい事を言ってくれる。

「暇人大学生よりも、そっちの方がよっぽど忙しいじゃねぇか」

事実、科目の選択で自由のきく大学生よりも、
毎日授業が詰まってるはるねぇの方が忙しいのは事実だとおもう。

大体、家賃や学費は父さん達に出してもらってるし、
このバイトなんて生活費の足しと小遣い稼ぎでしかない。

まぁ、その小遣いは主にはるねぇの為に使う予定ではあるが……

「授業くらい余裕だよ。
 ホントの看護婦さんなんてもっと激務だしね」

はるねぇは自信満々で言うが、
俺としてはそこが心配でならない。

現在、どこの病院でも医師や看護士不足で悩まされてるらしい。

遅くまでの夜勤や人手不足での勤務外での緊急召集なんてのもあるらしい。

声が治ったとは言え、
はるねぇは体は相変わらず丈夫ではない。

今更やめろとは言えない。

この従姉な姉兼恋人の頑固さは既に十分思い知っているからだ。

………

……



夕飯後、二人掛けのロータイプソファーで、
マッタリとテレビを見て過ごす。

今日ははるねぇお気に入りの映画が、
地上波でやるから二人でそれを見ることにした。

ベクトルを何でも入れ替える能力を持つ少女と、
その少女に巻き込まれた少女の二人が、
力を狙う組織から逃げるという物語。

ベクトルを操る少女の堅物とも言える誠実さ頑固さ。

巻き込まれた少女の暴走とまで言える『自分らしさ』を貫く姿。

演じる役者の演技力は勿論、
その役柄に惚れたのだと言う。

「どう、今日の美味しかった?」

映画がCMに入ると、
はるねぇが俺に寄りかかる。

「ハンバーグが絶品だった」

「やった、頑張ってこねたかいがあったよ」

満足げな笑顔を咲かせると、
上半身を俺の膝の上に転がして俺を見上げる。

そっと髪を梳くように優しく撫でる。

形は少し歪だったけど、
美味しく焼けたハンバーグの労いと感謝を込めて。

「くすぐったいね」

嬉しいやら楽しいやらの混ざった顔で、
撫でられるのを堪能しているはるねぇ。

俺もなんとなく撫で心地が良くてついつい続けてしまう。

「………………」

撫でながらふとはるねぇの首に視線が向かった。

「触っても良い?」

「えっと」

俺の視線の先を辿ると一瞬戸惑う表情を見せた。

「嫌ならやめる」

まっすぐにはるねぇの目を見つめて言った、
流石にはるねぇが悲しんだり不快な思いをさせたくはない。

「……いいよ」

決心を決めたように、
少し間をおいてからポツリと答えた。

俺は髪を撫でていた時よりもそっと、
優しくというより恐々といった感じではるねぇの手術跡に触れる。

「やっぱり、気持ち悪いよね」

はるねぇが寂しそうな表情を見せる。

確かに手術跡なんて見ていて気持ちのいいものじゃないと思う。

「いいや」

――他人の手術跡ならな。

この跡ははるねぇが俺の為に覚悟した証だ。

意識を保ったまま首にメスを入れられる、
辛い手術を乗り越えて声を取り戻した証。

それを嫌いになれる訳がなかった。

「はるねぇのだから好きになれるよ」

むしろ、その覚悟が俺の為なら愛しいくらいだ。

「「………………」」

聞いてるのがはるねぇだけだから言える言葉。

やっぱり、言うだけで精一杯で、
顔が一気に熱くなってそれ以上言葉が紡げない。

はるねぇは嫌われるとでも思ってたのだろうか、
俺の言葉が不意打ちとばかりにビックリした表情のまま真っ赤な顔をしてる。

既にテレビの事なんか完全に忘れ去って、
しばらく互いに赤面しながら見詰め合っていた。

「ありがとっ」

先に動いたのははるねぇだった。

体を起こして一瞬触れるだけの口付けをして、
そそくさと風呂場の方へ逃げていった。

一瞬の出来事に思わず呆然とソファーに座り続ける俺が居た。

可愛い事をしてくれる。

逃げ際の嬉しさと恥ずかしさの混じった笑顔は、
相当ドキリとさせられた。

もしその場に残ってたら、
思わず押し倒してしまったかもしれない。

「はるねぇ、恐るべし」













ども、You平です。

二度目のほしのの。二次創作書かせて頂きました。

今回は4話終了後どころか、
それから大体一年と十ヵ月後くらいになるんでしょうか?

なんとなく和泉家を出た二人を描いてみましたが、
如何だったでしょうか?

チャットの方でも言いました。

地味甘二次創作にネタは必要ない、普段を書けば良いと。

まぁ、その普段用の一瞬一瞬の小ネタは必要なんですがね(笑)

楽しんで頂けたら嬉しいです。

読んでて背中がむず痒くなったとか、
ありましたら、作者の思う壺だと思っておいてください。

それでは、失礼します。

(2007年7月5日)