その翌日。

「・・・本当にいるし。」

思わず呟く。
昨日、去り際に言った通り、彼女はそこにいた。
律儀な奴だなぁ・・・俺も含めて。

「来るなって言ったのに。」

昨日と同じように睨まれた。

「別に来るなとは言ってなかっただろ。『声を掛けるな』とは言われたが。」

「・・・同じじゃない・・・。」

全然違うと思ったが、むしろ呼ばれた気すらしたが、とりあえず苦笑いで受け流した。

「・・・。」

「・・・。」

昨日と違って、特に話題も無い。
何とも言えない沈黙が広がっていく。吹き抜ける風が少し肌寒い。
どうしようもなくなって、また空を見上げた。
西の空は燃えるような赤、東の空は吸い込まれるような濃紺。夕焼けが夜空を引っ張っていく。
今夜は星が綺麗に見えるだろう。



どのタイミングで抜け出そうかを考え始めた頃、女の子が口を開いた。

「・・・お姉さんがいるんだっけ。」

「おう」

「実はこっちにもいるんだよね・・・ベタベタひっついてくるお節介な義理の姉が。」

「ほぉー」

なんだ。どこまでも同じじゃないか。

「他人のことばっかり考えてて、自分のことはいつも二の次、ってタイプの人間。鬱陶しいったら・・・。」

「本心は?」

「・・・・・・。」

押し黙ってしまった。

「まぁ、そんなもんだよな。」

おそらく、分かっていても自分の本心を認めたくないのだろう。
反抗期とは即ちそういうものだと体験者は語る。

「うるさいなぁ・・・ほら、さっさとお姉さん迎えに行ってやりなよ。」

女の子は邪魔くさそうに言った。
時計を見る。いい時間だ。

「そーだな・・・それじゃ。」

軽く手を上げ、ヘルメットを被る。
女の子がこちらを見もせずにひらひらと手を振っていた。

それから数日に渡って、俺とこの少女の意味の無い会合は続いた。
もとより俺は口を出すつもりなんて無かったし、向こうも望んでなどいないはず。
だからこれは、まったくもって意味の無い、暇潰しとほとんど変わらない会合に過ぎなかった。

・・・少なくとも、俺の中では。




「ねぇ榛菜?ちょっと聞きたいことがあるんだけど。」

昼休み。
お弁当を広げているところに友達の1人がやってきた。

「なにー?」

「榛菜の弟君いたじゃない?結城君、だっけ?」

「うんっ!何?ゆーちゃんがどうかしたの?」

「・・・どうでもいいけど、弟の話題となるといつもに増してテンション高いわね・・・。」

「あ・・・え、えへへ・・・それで、ゆーちゃんが何って?」

「うん、率直に聞くけど・・・弟君って、彼女いるの?」

「え・・・えええええぇぇぇぇっ!?」

思わず大声を出してしまう。
教室中の誰もがこちらを見た。

「あら意外。知らなかったん」

「か、彼女だなんて!わ・・・私は従姉だけど姉だし・・・!あの、えと・・・」

「・・・何言ってんの?
 たまたま昨日あんたの弟と知らない女の子が一緒にいるの見たから、もしかしたらーとか思ったんだけど・・・なぁんだ、知らなかったんだ。」

「へ?あ、なんだ・・・・・・えっ?」

今、何て・・・?

「いや、だから・・・」

友達の声が耳に入らなくなった。
心臓を鷲づかみにされるような嫌な感じ。不安。焦燥。恐怖。喪失感。
ドロドロとしたよく分からない感情が頭の中を埋めていく。
ゴーゴーと耳の奥が鳴っている。

「・・・って、ちょっと榛菜!聞いてるの?」

「えっ?あ、うん。」

「だから、姉の権限を使って詳しく聞いてほしいわけ。『栃一No.1メイド』は未だに人気も注目度も高いんだから♪」

「う、うん・・・分かった・・・よ。」

「どうしたの?急に・・・具合でも悪くなった?」

友達が顔を覗き込もうとする。
反射的にそれを避けた。

「だ、大丈夫大丈夫!ちょっと驚いちゃって。」

ひょっとしたら、涙が出ていたかもしれないから。

「・・・そう?それならいいんだけど・・・じゃあ弟君の件、よろしくね。」

お弁当にはほとんど手を付けられなかった。




その日、迎えを待っていたはるねぇは、明らかに何かおかしかった。
笑ってはいるけど何だかぎこちないし、時々『心此処にあらず』といった感じで、ぼーっと何か考え込んでいる。

「・・・着いたぞ。」

「ふぇっ?・・・あ、うん。いつもありがとね、ゆーちゃん。」

やっぱりぎこちなく笑うはるねぇ。

「・・・。」

とりあえず、はるねぇの手を引いて部屋へ上がることにした。

「えっ?ちょっ、ゆーちゃん?私、晩御飯の支度手伝わないと・・・」

「たまには叔母さんに任せても大丈夫だって。」

問題は出来るだけ早く解決した方がいい。
はるねぇの、声帯麻痺の一件から学んだ教訓だった。



「何かあったのか?」

我ながらもっと違う聞き方があるだろうと思う。
しかし、この他に思い浮かばなかった。

「・・・・・・。」

沈黙は、如実に肯定を表していた。

「・・・黙ってても分からないだろ?協力できることだったら、俺だって」

「今日ね、友達が・・・」

俺の言葉を遮って、はるねぇは全てを話してくれた。
俺と、あの女の子が会っていたこと・・・まさか、見られていたとは。

「それでね、実際どうなのか・・・聞いて来いって・・・言われて・・・。」

「正直に言う。誤解だ。」

即答した。
今にも泣き出しそうなはるねぇのために。

「ほ、本当?」

「ああ、まず相手の名前も知らないし。」

俺があの少女と会っていたのは確かだが、それは逢瀬などではなく、
失礼ながら興味本位で、3年前の俺と境遇のよく似た少女の、精神の成長を見守っていたに過ぎないのだ。
・・・というようなことを必死に説明した。

「だいたい、俺はそこまで軟派じゃないって・・・。」

話が終わる頃には、はるねぇの表情も明るくなっていた。

「な、なぁんだ・・・よかったぁ〜私てっきり・・・そうだよね、ゆーちゃんがそんなことするはずないよね。」

「当たり前だろ。」

「そうだよね・・・あぁ、ホッとした〜でもそれなら最初に教えてくれればよかったのに…誰にも言わないで内緒でこそこそ会ってるのってなんかやらしいよ勘違いしちゃうよお姉ちゃん泣いちゃうよ?もちろんゆーちゃんのこと疑っちゃうのも悪いと思うけどやましいことがないなら「今日こんなことがあったんだー」みたいな感じで教えてほしかったなぁ〜人づてに聞くのって結構ショックだよゆーちゃんの口から聞きたかったよ

ね、姉さん・・・何やら薄ぼんやりと暗いオーラが立ち上っているのですが・・・。

「わ、悪かったって・・・その、隠すつもりはなかったんだけど、こういう形になっちゃって、本当、ごめん。」

「・・・反省してる?」

「・・・はい。」

「じゃあ・・・だきしめて。」

「・・・はい?」

「ちゃんと、安心させて?」

そんな真っ赤な顔でそんなこと言われたら、拒否できないじゃないか。
・・・もとより、拒否するつもりもないけど。










そうして抱き合うことしばらく。
甘い時間の終わりは、あまり良くない形でやってきた。

「・・・邪魔してごめんね〜〜ふたりとも〜・・・ごはんできたよ〜・・・」

地獄からの恨み節のような声が、這うように部屋を通り抜けた。

「た、立秋さん!?」       「お、お兄ちゃん!?」

「いやぁ、いいんだよ・・・2人は恋人同士だもんね・・・でも、ドア半開きは良くないと思うよ・・・」

「あ、あの、これは」

「いいんだ、結城君・・・今日ここでのことは胸の中にしまっておくから・・・いいよなぁ若いって!ラブイズフリーダム!!」

そう叫んで、立秋さんはもの凄い速さで1階に下りていった。

「・・・こ、今度は気を付けようね、ゆーちゃん・・・。」

またやるつもりですか。

その日の食卓は、3人の間だけ微妙に気まずかった。



ところで、俗に“お約束”という展開は、往々にして“間が悪い”ことと同義である。と、思う。
去年の文化祭でのはるねぇ登場もそうだったし、さっきの出来事もそれに近い。

それは、はるねぇの一言から始まった。

「ねぇ、ゆーちゃん・・・私もその子に・・・会ってみたいな。」

「え?」

夕食後、部屋でだらだらと過ごしていた時だった。

「いいよね?」

その屈託の無い笑顔の裏に、どんな感情が潜んでいるかなど、その時の俺には知る由も無く。

「あぁ、別に・・・いいんじゃないか?」

「それじゃ、明後日とか?その日は先生の都合で早く帰れるんだよ。」

「またえらく急だな・・・多分、大丈夫だと思うけど。」

「じゃー明後日!楽しみにしてるね!」

どうしてそんなに嬉しそうなんだろう。
俺には理解できなかった。

まさか、ここで頷いたことを、後で後悔することになろうとは。














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どうも、書いた人:Sa-gでございます。

その1があまりに短かったために、3部に区切ることになりました。
今回のタイトルを『和泉榛菜の嫉妬』とかにしようと一瞬でも考えた自分が恥ずかしい(何

自分の書いたはるねぇは、ちゃんとはるねぇになっていますでしょうか。かなり不安です。
立兄に関しては・・・本編でもそうでしたが、こんな役回りばっかりでごめんなさい(笑

少女は依然として外見はおろか名前も不詳ですが、次で最後です。
それでは、またの機会に。