『君子危うきに近寄らず』という言葉がある。
自分もその言葉は正しいと思っていた。
怪しいと感じたらわざわざ近づくこともなし、例えば五月の住宅地にピアノの音が聞こえてきても、きっと自分は近づかないだろう。
しかし、人間誰しも『魔が差す』瞬間があるらしい。
それは紅葉も終わりに近づく頃だった。

「和泉榛奈は看護士になります」と手紙で宣言して以来、はるねぇもようやく勉強に精を出すようになった。
そんなわけで、はるねぇは今日も居残り。
一旦帰宅して、時間が来たらはるねぇを迎えに行く、というのが既に生活リズムに組み込まれていた。

そんないつもの帰り道。
道路から少し外れたところで、山の方を向いて佇んでいる女の子が見えた。
冬も近づき、夕方とは言え辺りはだんだんと薄暗くなってくる頃。
俺は少しの葛藤の後、原付を停めた。

だって仕方ないじゃないか。その女の子が泣いているように見えたんだから。


何となく放っておけないという理由で近づいてはみたものの、
こんな時間にこんなところで泣いている女の子に何と言って声を掛ければいいものか。
考えあぐねていると、女の子が俺の存在に気付いて半身ほど振り返り、

「何?」

と赤くなった目でこちらを睨み、、刺々しく言った。
見たところ、年は俺よりも下に見えた。

「いや、その・・・何となく気になって。ほら、こんな時間だしさ。」

おお結城よ、動揺してしまうとは情けない。
俺は無視して帰らなかったことを後悔していた。

「関係ないでしょ・・・放っといてよ、もう・・・。」

俺はこの機に、「そうだね、ごめん、それじゃ。」などと適当なことを言って帰るつもりだった。
しかし、この女の子が次に呟いた言葉で、俺は動けなくなってしまう。

・・・田舎者。



人間の“ひらめき”とは不思議なもので、昔々に記憶したことをふっと思い出したり、、
それまで考えもしなかった突飛なことを突然、思いついたりする。

ふた言前の、女の子のうんざりした様子と、この言葉。
瞬間的に、俺の時間が3年前まで巻き戻される。
ああ、あの時の自分も相当荒れてたっけ。

「なるほどな・・・どこの出身?訛りはなさそうだから・・・東京とか?」

「え・・・?」

きょとんとした表情に少しだけ幼さが見えた。


さてこの女の子、詳しい事情は聞かないが、わけあって今まで住んでいた都会を離れて親戚のいる星野ここに越してきたらしい。
まさにあの頃の俺、というわけだ。

「ここは嫌い。何も無いし土臭いし・・・お節介なのが多いし。」

そこでチラッと俺を見た。

「・・・ぷっ」

思わず噴出す。
あの頃はお節介なはるねぇを拒絶していたのに、いつの間にか逆の立場に立てるようになっていたとは。

「な、何笑ってんの・・・?気持ち悪い。」

「いや、実を言うと俺にもそんな時期があってな。それを思い出したら可笑しくて。」

「?」

「俺も星野ここの出身じゃないんだ。中2の時に東京から越してきた。」

「・・・。」

何かを言わなければ、と思っているのかもしれない。口元が僅かに動いている。
しかし、言葉は出てこなかった。
あまり込み入ったことは言うべきではなかったかもしれない、と反省をする。

「とにかく。その時の俺も周りの全てが嫌で嫌で仕方なかったわけだ。」

「・・・今は?」

「そうだな、いわゆる『第二の故郷』ってやつかな。」

「・・・なんで?」

そう聞かれたとき、真っ先にはるねぇの顔が浮かぶ。

「まぁ・・・馬鹿な姉のおかげかな・・・馬鹿で思いやり一直線でやかましい姉。」

聞く人によれば惚気に聞こえたかもしれない。

「馬鹿な姉、ねぇ・・・。」

深い溜め息だった。
いつの間にか空を見上げながら話していた。
もう日没も近い。

「やべ、そろそろはるねぇ迎えに行かなきゃ。」

時計を確認する。
まだ余裕はあるが、どうやら一旦帰っている時間は無さそうだった。

「“はるねぇ”?・・・その、馬鹿なお姉さん?」

頷く。

「・・・仲良いんだ。」

ええ、それはもう。

「・・・まぁそれなりに、な。」

「ふーん。」

そう言うと、女の子は踵を返した。

「あ、おい」

「帰る。やっぱりここは嫌いだけど、お腹減ったし。」

言い訳がましいことを言いながら歩いていく。
その途中。一度だけ振り返って。

「もう声かけないでよね。・・・あたし、明日もここに来るけど・・・絶対だから。」

少し早口でそう言って、少し早足で帰っていった。

「・・・は?」

一瞬、言われたことの意味がわからずにフリーズした。
・・・とにかく、今ははるねぇを迎えに行こう。
俺はヘルメットを被り直し、原付に跨った。
見上げた星空は、相変わらず綺麗だった。













――――――――――――――

このファイルを開いてくださりありがとうございます、書いた人:Sa-gでございます。

いつかチャットで話題になった「はるねぇの嫉妬」を書こうと思って筆を執ったのですが・・・キリが良かったので、つい(何
厨2病全開の自作小説に嫌気が差して以来、久しぶりに文章を書いたのでお口に合いますかどうか。
続きに期待してくださる方がいらっしゃるならば、続きを書いてみようと思います。
はるねぇを上手く書けるか戦々恐々ですが、何とかやってみる所存です(笑

それでは、また機会があれば。