あきのの。 〜約束〜

 

1.


がたん、がたんと揺れる車内。窓から見える景色は足早に過ぎ去っていく。
流れるような景色と時間は、一つずつ確実に進んでいく。

「次は梅沢新町、梅沢新町です。お降りの際には、お近くの・・・」


今日は朝から雨が降っていた。星野に降る雨は、意外と久しぶりだった。
朝起きたときに風を介して伝わる雨の匂いが、気持ちをげんなりさせた。
10月の雨は、少し冷たく、心なしか肌寒い。今日は、ちょっと厚めに着ていこうかな、
と思って、パジャマから白い長袖に着替え、制服に袖を通すと、
ちょうどいいタイミングで、決まったリズムで三回、ドアをたたく音がした。

「ゆーちゃん、起きてる?」
ドアが開くと、天真爛漫な笑顔でこっちを向く二つの瞳。
左で軽く髪を止め、右には癖毛とも言うべきか、上にはねた髪がある。
俺よりも少し背が低く、こっちを上目遣いで見てくる。
首筋には手術痕。そして制服を着ているはるねぇは、どうしたの?と
問いかけるような目でこっちを見た。

「いや、なんでもない。さっさと下行こう。」
「うん。今日はね・・・」
そういうと、はるねぇは朝飯の献立を語り始めた。

栃木市の市営バスの中は、若干押し寿司状態になっている。
雨の日は自転車じゃ学校に行けないので、いつもバスで登校する。
手すりを掴みながら、バスが右折すると体は左に動く。左折すれば右に動く。
雨のように流されて動く自分の体。何とか踏ん張って、目の前の席に座るはるねぇの話に耳を傾けた。

「・・・でね〜。そしたら、みのりがさ〜・・・。」
話題は、神明さんのこと。溝口さんという、神明さんの彼氏とであったことについて話していた。
なんだか、最近忙しくてあえないらしい。溝口さんは、社会人だからしょうがないと思う。
神明さんのことを話すはるねぇは、終始笑顔だった。

「次は、くぬぎ山入口、くぬぎ山入口です。お降りの際には、お近くの・・・」
一通り話し終わったのか、はるねぇは口を閉じ、外を見ていた。
俺はくぬぎ山入口から乗ってきた人の多さに驚き、はるねぇの席の近くからから離れないように、
なんとか保っていた。
やっと全員乗ったのか、ドアが閉じ、バスは動き出す。
慣性の法則にしたがって、体が後ろに傾き、すぐ元に戻しはるねぇの方を向く。

「今日、学校終わったら、迎えに来てくれる?」
はるねぇは、不意にそう言った。
「いいけど・・・。またなんで?」
「ちょっとね・・・。」
そういうと、はるねぇは落ち込んだような顔をした。なんだか暗いのだ。小声で何かつぶやいている。
今まで、こんな顔をしたはるねぇはあの病気を発病した頃以来だった。

-左反回神経麻痺

そう、はるねぇが数ヶ月前に患った病気だ。この病気で、生活は変わり、今のようなバス通学をしていた。
そして、俺とはるねぇの関係も、変わっていく一つの要因だった。
もう、そのような顔は見たくない。二度とそんな顔にはさせたくない。いつもその気持ちがある。

二人して、静かになった。とても何か話すような雰囲気が二人の周りに漂う。
雨はいっそう強くなり、窓に打ちつける雨音もどんどんはっきりと輪郭を持って聴こえる。

「次は、栃木一校入口、栃木一校入口です。お降りの際にはお近くのベルを・・・」

目的のバス停乗り場に着く。
「それじゃ、はるねぇ。もう行くから。」
「うん。またね。」

そういうと、笑顔に戻るはるねぇ。やっぱりはるねぇは、笑顔が一番だった。
バスを降りるとまだ雨は降っている。傘を差し、ふとバスを見ると、はるねぇはこっちを見て手を振っている。

何だか嬉しくなって、手を振り返そうとすると、
「朝から見せ付けてくれるねぇ、川島?」
「げっ!」
後ろから、一番見られたくなかった野郎の声が聞こえる。
振り返ると、あの委員長が立っていた。

想像でしかないが、はるねぇは多分不機嫌な顔になっているかもしれない。
そのまま、バスが雨を踏む音が遠ざかっていく。バスから降りた同じ学校の生徒は、
すでに校舎に入っているだろう。

「か・わ・し・ま・クン?ラブラブのおねぇちゃんと仲良く登校かい?いいねぇ、いいねぇ。」
去年の学園祭を思い出す。一番思い出したくない過去だ。このまま墓場まで持っていくつもりだった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ナニカ、オノゾミデモ・・・・・・・・・・」
「うん?そうだなぁ・・・。また今度、黒スパッツを着てくれないかなぁ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・モウ、殺ルベキカ・・・・・・・・・・・・」
「じゃあ、この写真を、全校に・・・」
「スイマセン、ヤラセテクダサイ。」
もう嫌だ・・・・・・・・・

午後には雨が上がり、晴れとなった。水溜りが、赤く反射している。
秋の太陽は、案外沈むのが早く、もう三峰山に沈む時間となった。
しかし、俺はまだ教室にいた。教室内に太陽の光が入り、教室を赤く燃やしている。
教卓には、古典の教科担任がいる。さっきからずっとこっちを見ている。
その姿を確認し、次の問題を必死に解こうとして、シャーペンを動かす。

俺は、テストの「追追試」を受けていた。

先週の火曜日から金曜日まであった2学期の中間テスト。その結果が、今週返ってきた。
野郎どもと賭けていた「はるねぇの弁当を食べる権利」は俺がギリギリ勝てたので、防げたが、
賭けたのは、数学の結果のみ。理数系に進学したので、同じぐらいの力の教科が良いだろう、
ということだった。もちろんそのことには納得していた。

しかし、賭けとテストは違っている。古典はこの賭けに関係などない。そして俺はとことん古典が苦手なのだ。
まったく話が理解できない。なんだこの意味は?読めないぞ、この語句、などのオンパレード。
そんな古典で、やっぱり赤点を取った。ギリギリなんかじゃない。ど真ん中ストライク並みにアウトだった。

しかも、古典の追試が今日あることなどとうに忘れていて、まったく勉強をしていない。
いや、あったとわかっていても、できなかったかもしれないが・・・。
一回目の追試は、ぎりぎりアウト。あと2点足りなかった。ほかの追試者はもう合格していて、あとは俺だけだった。

「終わりました。」
そう言うと先生はこっちに来て、テストを採点した。今回もあまり自信はない。
「よし、今回は合格だな。」
そう先生は言うと、にかっと笑った。つられて、俺もわらっている。
安堵感が心を支配する。
これでやっと家に帰れる。時計を見れば、もう五時半だ。
早く帰らないと、はるねぇに怒られるな・・・・・・。
「ん?はるねぇ・・・・」
朝のバスの景色を思い出す。

「今日、学校終わったら、迎えに来てくれる?」

「あああ!」
突然大きな声を出した俺に驚いた先生は、目を丸くしてこっちを向いた。
「どうした?川島。」
「先生、帰らさせていただきますっ!」
「お、おう・・・」
俺は教室を走って出た。もちろん廊下も。校則の事などもう頭にはなかった。
ただ思っていたことは、はるねぇが、学校の前で待っていてくれることだけを願った。

学校を走って出た俺は、とりあえずはるねぇに謝罪の電話をするために、かばんから携帯を取り出した。
しかし、運命の神様はまったく俺に微笑んでなどいない。

「電池切れてる・・・」

携帯のディスプレイ画面は「充電してください」と表示するだけだった。
メールも、電話もできない状態に陥った俺は、とりあえずはるねぇが待っているかもしれない、
栃木女子校へ向かった。


俺は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。はるねぇに殺されるために走るのだ。
学校を出て、街を横切り、歩道橋をくぐり抜け、隣街に着いた頃には、日も沈み、月は高く昇っている。
一気に街を駈け抜けたが、流石に疲労し、折から午後の追追試の疲れがまともに、かっと体に出て来て、
俺は幾度となく眩暈を感じ、これではならぬ、と気を取り直しては、よろよろ二、三歩あるいて、ついに、がくりと膝を折った。
立ち上る事が出来ぬのだ。天を仰いで、くやし泣きに泣き出した。ああ、あ、信号を渡り切り、韋駄天のごとく、
ここまで突破して来た結城よ。真の勇者、結城よ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。

不意に、そんな言葉が思いついた。おそらく、著作権的には切れているから大丈夫だろう、と俺は勝手に決め、
一旦呼吸を整えてから、再び走り出した。

もう栃木の街は暗くなっていた。昔住んでた東京ほどではないが、商店街や、大きな道路では、
街灯が灯り、星野にはない明かりが僕の走る道を照らす。
背中から影が伸び、俺の下へ来て、再び前にどんどん伸びていく。そして、長細い俺の体を形成する。
いつしか影は消えていた。

まもなく、俺は栃木女子校の校門前に着いた。しかし、もう誰もいない。もちろんはるねぇも。
俺は肩を落とした。やっぱりだめだったか。校門前で佇んでいると、メモ用紙のようなものが校門に張ってあった。
それに気づいた俺は、もしかしたら、の期待を持ってその紙を見た。

すると、その紙は手紙のようで、やっぱりはるねぇからだった

「ゆーちゃんへ
 なんでこなかったのかなぁ?ここでずっと待っていたのに。
 今日はせっかく覚悟を決めていたのに・・・
 罰として今からおねぇちゃんは、ゆーちゃんなんかと口を聞きませ〜ん
 乙女を待たせた罰は大きいんだよ! ゆーちゃんのばーか! 」

馬鹿と言われて終わったこの手紙は、ところどころしわくちゃで、字もすごく殴り書きな感じがした。
いや、たぶん本当に殴って書いている。ところどころ穴が開いてるし、校門に鉛筆の線が残ってる。

俺は激しく後悔した。 

  

  

.2.


「ただいま・・・」

ところどころ、家の明かりだけが灯る星野の道を一人歩いて帰ってきた。
久しぶりに一人で帰ってきた。いつもなら、はるねぇと自転車で並走して、
今日あったことを話しながら帰るのだが、今日は自分のせいでいない。

−はるねぇがいない−

そのことだけ、たったそれだけのことなのに、心に穴が開いたような感じがする。
失って気づく気持ち。本当の親が事故で死んでしまったあのときの気持ちが、
再び戻ってくる。

元気のない声で帰宅の声を出し、居間に入り、今何時か確認する。学校を出たのは確か5時半ごろ。
今はあまりない柱時計で時間を確認して、驚いた。

「9時45分・・・」

もう4時間は経っている。そういえば、バスに乗った記憶がない。
「ははは・・・。」
自重めいた笑い声が出た。ああ、俺ってこんなにもはるねぇに・・・

「結城君・・・」
後ろから声がかかる。振り向くと、立秋さんがいた。
「夕ご飯を食べないか?」
優しい声がかかる。
「はい・・・」
はるねぇよりも食事を選ぶ俺に少し嫌悪感を覚えた。


「今日は、どうしたのかな。榛奈はかなり怒ってるし、夕飯もさっさと食べて今までずっと部屋にこもりっぱなし。
君は君で、遅く帰ってきたし、浮かない顔してるしね。まさかけんかでもしたのかい?」
図星だった。俺は驚いた顔で立秋さんを見る。すると、立秋さんは微笑んで、
「図星のようだね。ふふふ、若いっていいねぇ。」
そういうと、立秋さんは遠い目をしてどこかを見てる。なんだろう、触れてはいけないことにいつの間にか触れたみたいだ。

遠い目をしている立秋さんをキッチンに残し、まず、はるねぇに謝ろうと二階に向かう。
すでに俺と立秋さんとはるねぇ以外の家族はみんな寝ていた。

はるねぇの部屋の前に立つ。二回ノックする。
「はるねぇ?俺だけど」

返ってきた返事はドアに枕が当たる音。

「ゆーちゃんのばか!」
「あの、さ、きょ・・・」
「ゆーちゃんのばか!」
「実は、古典のつ・・・」
「ゆーちゃんのばか!」
「ちょっと、話だけで・・・」
「ゆーちゃんのばか!」

どうやら本当に話を聞いてもらえないらしい。「ゆーちゃんのばか!」の一点張りだ。
なす術がない。今何を言ったってすべて言い訳でしかならない。

「困ったなぁ・・・」
もうどうしようもないので、部屋に戻る。そのままベッドに倒れこむ。天井を見上げて、
隣の部屋にいるはるねぇに触れたくても触れられない。
そのまま、俺は寝ることにした。


翌朝、星野は朝から晴れていた。日が部屋を照らし明るくなった。
けど、俺の心はまったく晴れずにいる。昨日のことが頭に残り、結局あまり寝られなかった。
制服に着替えて下に下りる。キッチンに入るところである事に気が付いた。

「今日は、はるねぇが部屋に呼びに来なかったな・・・」

キッチンには、伯父さんと伯母さんと立秋さんが朝食を食べている。
やっぱりはるねぇはいない。
「おはようございます・・・。」
元気のない声で挨拶をすると、みんなこっちを向く。
「「「おはよう、ゆう君(結城君)」」」
どうやら祖父と祖母はもう農作業に向かっている。そろそろ収穫時期だからだろう。
いすに座った俺に伯母さんが朝食を持ってきた。

「そういえば、ゆう君。今日榛奈が朝早くから自分で朝食作って学校行っちゃったけど、何かあったか知ってる?」
ご飯をおきながら、伯母さんが聞いてくる。
そして思い出す、昨日のこと。はるねぇとけんかをしたこと。
僕は下を向いた。その姿を見て何かがあったことをわかったらしい。
伯父さんは、口を開いた。
「そうか・・・。何かあったかは知らん。でも、自分のせいで榛奈を、ああ、させたなら、自分で責任を取りなさい。」
突っ放すような伯父さんの声。俺は顔を上げて伯父さんの顔を見る。

その顔は、本当の父親みたいだった。おばさんと立秋さんもこっちを向いている。
「いいかい?」
「はい・・・。」
俺はそういうしかなかった。

太陽が雲ひとつない朝の星野に日の光を降り注げる。そのなかで、自転車をこいで一人で学校に向かう。
一人の登校は久しぶりで、ただ寂しかった。

気が付くと学校に着いた。どうも、昨日のことが大きすぎで、無気力状態が続く。
自転車置き場に向かい、空きスペースに自転車を置いて、降りた瞬間、後ろから自転車の倒れる音。
振り返ると、ほかの自転車がドミノ倒しのようにどんどん倒れていく。まったくとまらない。
「げっ!」
やっと理解したときにはもうときすでに遅し。端から端まで全部倒れている。
「ふざけんなよ・・・。」

何とかすべての自転車を起こしたときには、もう朝のHRまで残り5分だった。

授業が始まった。しかし、俺が考えることはただ一つ。

〜どうすれば、はるねぇに謝れるか〜

授業の内容などまったく頭に入らない。英Bの先生の声など右から左へ抜けるだけ。
「じゃあ、次の文を訳してもらおうか。えーっと、川島。」
はるねぇに謝るには・・・やっぱり、何かプレゼントでもあげるべきか・・・でも・・・
「川島!」
「はっ、はいっ!」
「どうした?風邪でも引いたか?」
「い、いえ・・・」
「じゃあ、訳しなさい。」
「嘉痘は初めて沼で初恋を・・・」
「おい川島、お前、何を読んでる?」
「えっ、古典じゃないんですか?」
アハハハ、クラスに野郎どもの笑い声が響く。
「えっ?えっ?」
「おまえ、今は英語だが?」
「あっ・・・」
俺は顔が赤くなった。


昼休み。教室内ではしゃべる声が渦巻いている。今日は一人で食べていた。
いつもなら、誰かと食べるのだが、今日はそんな気分になれない。
弁当の中身は、昨日とか朝の残り物が多かった。作ったのが伯母さんだからだろう。
はるねぇが作ってくれなかったことが、ショックだった。
早くも食べ終わった俺は、すぐに謝る方法を考えることに没頭した。
だから、目の前に立っている委員長に気がつかなかった。

「川島〜?ちょっといいか〜?」
顔を上げるとにこにこしている委員長。何だかいやな予感がする。
周りを見渡すと、クラスの野郎たちが俺を囲っている。
再び委員長に視線を戻すと、巻物を手に持ていた。
「じゃ〜ん!」
委員長はそう言うと、巻物を伸ばした。そこにはこう書いてあった。

「委員長のゆ〜ちゃん黒スパッツ撮影会(ハート)」

「はぁ!?」
理解するのに数秒かかった。理解した瞬間俺は口をガムテープで止められ、ロープで体を締められて、
野郎どもにかかげられた。
「む〜!む〜!」
そのまま俺は体育館倉庫に連れてかれた。

マットの上にそのまま投げられ、あたりを確認する。埃っぽい体育館倉庫は薄暗く、マットの周りには、野郎どもが立っている。
その中から、息が荒く、目が危険な委員長が来た。ものすごくいやな予感が・・・
「さぁ、結城君、このスパッツを穿こうね〜(ハート)」
「む〜!む〜!」
抵抗しようにも、ロープで体を締め付けられてて動けない。少しずつ近づいてくる委員長。
抗うことも出来ない俺。
俺の貞操は終わりそうだ。最後にはるねぇに謝りたかったなぁ・・・。

(ここからは、音声だけでお楽しみください。)
「ぐふぇふぇふぇふぇ。ゆ・う・き・クン?かわぁいいねぇ」
「らめぇぇぇ〜!もうらめぇぇぇ〜!いぐぅ〜〜〜!!」
「ワレ撮影にセイコウセリ。もう悔いなどない・・・」
「うぅぅ・・・うぅぅ・・・・」



午後、俺は何も考えることが出来ず、ものすごい肉体的、精神的な疲れとちらちらと見せてくる俺のスパッツ写真に死んだ。

結局案はひとつも思い浮かばず、心の傷と、肉体的なダメージを引きづったまま家に帰った。
本当ははるねぇの学校まで行って、迎えに行きたかったのだが、今は会わないほうが良い、いや、いけないぐらいに疲れて、
早く家に帰ることにした。

家に着くと、もうはるねぇの自転車があった。そのことを確認し、覚悟をした俺は、家に向かった。
「ただいま。」
「おかえり。」
伯母さんと伯父さん、立秋さんの声だけが聞こえる。はるねぇの声は聞こえない。
二階に上がり、はるねぇの部屋の前に立つ。一度、深呼吸をして、ノックをする。
「はるねぇ、俺だけど・・・」
すると、ドアが開いた。やっと、はるねぇに謝れる。そう思い、部屋に入ろうとした瞬間。

すねと、後頭部と、腹にダメージを食らった。

そのままはるねぇの部屋の床にキスをする俺。わけもわからず、徐々に痛みが大きくなっていく。
事態に理解が出来ない俺の上を、わざとらしくはるねぇは頭を踏み、背中を踏み、太ももを踏み、
最後に、部屋のほうを向きなおして少し開いてある脚の間、俺の股間を、キャプ○ン翼並みのキックで蹴った。

そこで俺の意識は、ぷつりと消えた。

目を覚ますと、俺は自分の部屋の天井を見ていた。その後、全身に痛みが走った。主に下半身に。
「いって〜〜〜!!」
とりあえず、絶叫。ちょうど部屋に入ってきた立秋さんはびっくりした顔でこっちを見る。

「大丈夫かい?榛奈の部屋で倒れてたから君の部屋まで運んだんだが。」
どうやら気絶していたらしい。そりゃ、確かにあの攻撃を食らったら男なら誰でも気絶するだろう。
「それで、何があったんだい?」

俺は覚えている限りのことを話した。

「そうか・・・、君も食らったんだね。あの、最強のトラップを。」

立秋さんは昔話を始めた。昔、立秋さんとはるねぇはちょっとしたけんかをした。今回の俺のように、
立秋さんのほうが完全に悪かったので、立秋さんははるねぇに謝りに部屋まで行った。
「榛奈。入っても良いか?」
がちゃ、とドアが開く音がして入った立秋さん。そこからは俺が体験したこととまったく同じだった。
まだ小学生なのに、立秋さんを気絶させるほどのキック。はるねぇがすごく怖くなった。

立秋さんからそのトラップについて聞いた。どうやら、あのトラップははるねぇが一人で考えたもので、
すねの痛みは硬球ボール、後頭部の痛みはドアの上に仕掛けたパンチンググローブ、
そして腹は、はるねぇ自身の攻撃で、ドロップキック。そんな三段攻撃。

「いまは、榛奈の部屋に入らないほうがいい。いつか、死ぬかもしれないよ・・・。」
「・・・はい。」
体験者しか誓えない約束だった。

下に降り、キッチンで夕飯を食べる。隣の部屋の柱時計から聞こえる鐘の音で、今が8時だということがわかった。

夕飯を食べ終わって一度部屋に戻る。昨日から充電し続けている携帯のディスプレイ画面を見るが、
はるねぇからのメールはなかった。もうはるねぇと2日も話していない。そのことが悲しかった。

もう何もすることがない。部屋にも入れず、昨日から送っているメールや電話も返ってこない。
そして、謝る案も浮かばない。八方塞りだった。

風呂に入り寝ることにした。朝、早く起きたらはるねぇと話せるかも知れない。そんな淡い期待をして寝ることにした。
夢にはるねぇはでてこなかった。

金曜日。週末の曜日だ。そして、はるねぇとけんかして2日目。精神的にもこたえてきて、
「おはようございます・・・・・・・・・・」
もう元気な声などでない。ほとんど死んでいるようなものだ。流石にそんな俺の状態が気がかりになった伯父さんは、
「大丈夫かい?ゆう君。榛奈の声が聞けないからって、死んではいけないよ。」
「はい・・・・・・・・・・・」
もう、だめです伯父さん。天国のお父さん、お母さん、もしかしたら俺はもうすぐそっちに行くかもしれないから、そのときは、
そっちのことを教えてくれよ。あと、できるだけ、静かな子を紹介して・・・・

「しかし珍しいわね。榛奈がこんなにも口を利かないなんて。」
「そうだなぁ、愛しのゆう君と話を聞かなくて、あいつも大丈夫なのか。」
伯母さんが運んでくれた朝食をカラ元気で食べながら、おじさんたちの話を聞いている。
「ゆう君。男はいつでも押すんだよ。引いたらだめだ。常に攻撃の姿勢だからな。俺もそうしたから、こいつを捕まえたんだ。
がはっはっは〜」
「もう〜、やめてよ〜」
豪快に笑い出した伯父さんと、照れ始めた、伯母さん。すいません、やめてください。立秋さんもなんだか居づらくなった顔をしている。
「ごちそうさまでした・・・・」
俺はさっさと学校に向かった。

朝起きたのはいつもの時間だった。結局、はるねぇには会えず、空は晴れているのに、俺の心はずっとくすぶっていた。
すごく低いテンションと昨日のダメージを引きづったまま学校に向かった。
秋の星野の晴れた日は、やっぱり静かで車ですら通らない。そんな道路を一人寂しく自転車で走る。
運転免許は取ってあるからバイクに乗っても良いが、学校に見つかったら何を言われるかわかったものではない。
だから自転車に乗って学校へ向かう。昨日と同じ、一人で。


学校の自転車置き場で、また自転車を端から端まで倒して起こし、授業中はまた教科を間違える。
二日連続ともなれば、クラスの野郎も心配してきた。
「どうしたんだよ川島?」
「いや、なんでもねぇよ。」
弁当を食べながらそう言う。今日もおばさんが作った弁当だ。
「まさか、愛しのおねぇさまと何かあったんじゃねぇよな?」
「っ・・・・何もない。」
「ん?どうしたのかな?まさか図星か?」
「ちげーよ・・・」

午後も結局、考えなど浮かばず、帰宅の時間となった。
俺は今日こそは、はるねぇを迎えに行く、と決め、帰りの挨拶とともに学校を飛び出し、自転車で、栃木女子高へ向かった。

数十分かかって栃木女子高前に着く。ちらほらと、女子生徒が下校していく。
俺は、その中にいるであろうはるねぇの姿を探した。期待と不安だった。
しかし何時間を待ってみても、一向にはるねぇの姿は見当たらない。俺は焦った。まさか、もうはるねぇは・・・
そう思った瞬間、
「結城君だよね?」
その声が聞こえたほうを向くと、一人の女の子がたっていた。

「あ、あのあなたは?」
「え?あっ、そうか、わかんないか。私は、加藤千紗。榛奈と同じクラスなの。」
そう言うと、加藤さんはいたずらっ子のような顔をする。
「まさか、愛しのおねぇちゃんを迎えに来たのかな〜?」
上目遣いでこっちを向く加藤さん。とてもかわいかった。
「ち、違います、って、何で俺の名前を?」
「それはね、榛奈がゆーちゃん、ゆーちゃんうるさくてね。それで名前覚えちゃった。」
はるねぇ、まさか学校で何もかもしゃっべてないよな・・・

「いや〜、まさか谷村山でキスをしていたなんてね〜」
顔が真っ赤になった。あの、馬鹿姉〜〜!
「そ、それより、はるねぇはどうしたんですかっ!」
強引に話を変えようとした、が、むしろ逆効果だった。

「へ〜、榛奈のことを『はるねぇ』って呼んでいるんだ〜」
失敗だった。どんどん恥ずかしくなってきた。
「いいですから、早く教えてください!はるねぇはどうしたんですか!」
「もう、そんなに焦らなくて良いのに。榛奈はもう帰ったよ」
「えっ?」
「学校終わったら、いつの間にかいなくなっててね。多分すぐに帰ったんじゃないかな?」
やっぱりまだ避けてるようだ。

「どうしたのかなぁ?愛しのおねぇちゃんに会えなくて寂しい?」
そろそろ行こう。まだ、家に着いてないかもしれない。部屋に入られる前に何とか話をしないと・・・。
「ありがとうございました。もう行きます。」
「ちょっと・・・はやいなぁ。それだけおねぇちゃんとけんかしているのがつらいなら、早く謝っちゃえば良いのに。
あの子を元に戻せるのは、君だけなんだよ?結城君。」

自転車を全力でこいで走る。夕闇に染まったほしのの道を。

家に着くと、もう遅く、はるねぇは部屋にいた。絶対には入れないあの部屋に。
どうしようもない気持ちになった。俺はベッドで仰向けになって寝ていた。

その時、携帯の電話が鳴った。

俺が好きなアーティストの曲の着信音。俺はすぐに携帯を取り、回線を繋げた。
誰からは見なかったのでわからなかったが、わずかな期待をもって出た。
しかし最初の声でその期待は終わった。

「もしもし?結城くん?」
その声は懐かしい声だった。
「もしもし?神明さん?」
「そうだよ〜。久しぶりだねぇ。」
「そうですね。」
俺は、わずかな期待が砕けたことに、少なからずダメージを受けた。
「そっちはどう?」
「え?あ、いつも通りですよ。静かで暇な毎日です。」
「そっか。変わらないんだね。そりゃ、田舎だからね。」
「そっちはどうなんですか?溝口さんとか?」
「え?ああー、溝口さんね。最近忙しくてなかなか会えなくて・・・」
久しぶりに話した神明さんは、あの時と変わらなかった。けど、少し大人の女性になっているように感じた。
世間話が一旦きりがついたとき、神明さんが突然言った。

「榛奈とけんかしてるんだって?」
驚いた。星野のひとは結構驚くことをする人が多い。
「えっ、なんでそ・・・」
「それを知っているかって?本当は榛奈に口止めされていたんだけど、言ってもいいか」
「それって・・・」
「わかってるかもしれないけど、昨日榛奈から電話があったの。『ゆーちゃんが約束を破った』って」

「どうしたの榛奈?最近電話が来なかったから驚いたよ。」
「聞いてよ、みのり〜!実はね・・・・・・・・」
榛奈は結城くんとけんかをしていることを言った。正直、とても驚いた。あんなに仲の良かった二人がけんかをするなんて。
「そっか〜。」
「それだけっ!もっとないの?みのりはどっち味方なの!?」
う〜ん、困ったなぁ。どっちでもいいんだけどなぁ。けど、榛奈の怒ってる理由があまりにも幼稚すぎるなぁ・・・。
「どっちでもないかな。」
「えぇっ!そんな!みのりは私を見捨てるの!?」
すごい声だなぁ。耳が痛いよ・・・。
「見捨てないよ。」
「じゃあ、私を見捨てないよね!?」
「見捨てないけど、味方じゃないよ。」
「えぇ!そんなぁ!」
同じことの繰り返しだった。疲れるなぁ。だから、私は私で動くことにした。

「結城くん、榛奈と、元に戻りたい?」

まさかそんな言葉が神明さんから出るとは思わなかった。
けど、俺は、その話に乗るしか、手段がなかった。

「はい。」


その後、俺は神明さんから聞いた作戦を行動に動かした。

エンジンの稼動音が脚を伝わって心臓に響く。最近乗ってなかったなぁ、たまには火を入れないと、
動かなくからなぁ、と思いながら、バイクを車庫から出す。
行き先は、栃木市内。買うものは日曜のためのもの。暗くなった星野を、バイクのライトで照らす。
バイクに乗り、エンジンをふかす。アクセルを踏み、後輪を動かし、新しく出来た道を行く。

「シカに注意!」の標識を過ぎた頃、ふと空を見上げた。満天の星が輝く、星野の空。
秋の星は知らないけど、なんとなく、空を見たくなった。


土曜日。今日が、明日のために大切な日になる。朝早く、いつもより2時間も早い時間に起きる。
今日も晴れていた。何だろう、俺の心も晴れてきたようだ。

「行ってきます。」
玄関を開ける音。下からゆーちゃんの声がした。ついその声で目が覚めてしまった。
ここのところ、しっかり寝れていない。少しずつある不安が大きくなっていく。

−もうゆーちゃんは私のことを見てくれないんじゃないのか?−

そのことで、不安が胸を締め付ける。一方的にこっちから離れているが、ゆーちゃんはどうおもっているのだろう?
私のことなんか忘れて、他の女の子と付き合ってないか・・・そんなことばかり思う。
私は、手術より、ゆーちゃんを失うのが怖かった。
けど、今回のことで、ゆーちゃんは私の元から去っていく。けど、あれはゆーちゃんが悪いのだ。
せっかく、覚悟を決めていこうとしたのに、ゆーちゃんは来なかった。それが私には許せない。
でも、このままじゃ、このままじゃ・・・

「榛奈、朝飯だ・・・・・・・ぐはぁ」
「ん?あっ。」
お兄ちゃんが倒れてる。そういえば、トラップはずすの忘れてた。


朝の星野は涼しい。心地よい風が北から吹いてくる。
俺は今、三峰山に向かっている。背中から太陽が昇っている。まだ朝6時の星野だった。

三峰山の入口に立つ。まだ、ここのあたりの道はコンクリートだが、目の前に広がる山道は、まだ土の道だ。
見上げても、山頂はぜんぜん遠い。今回は山頂までは行かないが、高い。確か800メートルはあるらしい。
神明さんの作戦のため俺はここに立っているが、俺は少しだけ、やる気を失った。

暑い。もう10月だから厚めの服装で登ってみたのは良いが、現実と予想は違った。
陽が木漏れ日から照っている。しかも、坂道が意外と急。神明さんの話によるとまだまだ先らしい。
やる気がどんどんと低下していく。

時計を見て、一時間歩いたので、一度休憩を取ることにした。

ちょうどよくあった切り株の上に座った。立ち止まってみてわかったが、とても涼しい。
歩くから暑かったようだ。持ってきた水筒からお茶を飲み、一息を付いた。

20分ほど休み、再び足に力を入れ、歩き出した。
もう上着を脱いで歩いている。疲れが足に徐々に大きくなっている。
再び1時間ぐらい歩いたところに、おかしな物があった。

「階段がある・・・。」

緑のコケが付いた数十段はあるであろう階段があった。
もしかしたらここかもしれない。俺はその階段を上り始めた。
が、数段で足が笑っている。あんまり運動してないし、今まで2時間も歩いてきた疲れがここで出てきた。

「あと少しなのに・・・。」

最上段の奥からわずかに見える目的のもの。今日はそれがまだあるかどうかを確認するためにきた。
けど、来たからには、しっかり見たい、という気持ちがあった。

あと10段だ。あとわずかなのに、足に力が入らない。くそっ、どうしたんだよ、俺の足。ここで終わってしまうのか。
そんなとき、ふとはるねぇの笑顔が浮かんだ。ああもう、どうしても俺は・・・

足に力を入れた。右足で34段目を上る。左足で35段目。交互に出てくる足。目的のものもはっきりと見えてくる。
残り3段。右足に力を入れる。もうあまり力が入らないようだ。それでも力を入れる。持てる限界まで。
右足が41段目にかかった。続けて左足を42段目。そして最後の43段目を右足で上る。

そこで見たものは、夢かと思うぐらい幻想的だった。


太陽が、今までいた三峰山に沈んでいく。俺は、あの後、来たときの2倍以上の時間をかけて降りてきた。
帰りはもっと大変だった。まず、さらに気温が上がり、水筒のお茶が切れた。のどが渇いたまま歩いていると、
たまたま通りかかった熊に襲われた。全力で逃げきり、さらにのどが渇き、疲れがさらにたまった。

明日は筋肉痛になるであろう足を見る。明日で多分このけんかは終わる。どうしょうもない姉と弟のけんかは終わる。
やっとはるねぇの笑顔が見れると思うと、にやけてくる。ああもう・・・・。

夕食後、俺は、明日のための最初の行動に移した。

「はるねぇ、俺だけど。」
はるねぇの部屋のドアを二回ノックする。


「はるねぇ、俺だけど。」
ゆーちゃんが2回ノックして私の部屋に来た。あたしはどうしようかと悩んでいると、ゆーちゃんから話し始めた。


「はるねぇ、そのままで良いから聞いてくれ。水曜日は約束を破ってごめん。
あの日は古典の追試があって、しかも2回追試を受けたからどうしてもいけなかった。
気づいたときはもう5時半を回っていて、携帯も電池が切れて何も出来なかった。
それでも俺は、言い訳になるかもしれないけど、はるねぇの学校まで走っていったんだ。
校門前に置いてあった手紙を見て、俺、すごく後悔した。
はるねぇを、手術のときのような、泣きそうな顔にしてしまったんじゃないかって。
だから、はるねぇに何とか謝りたかった。謝る手段を探してた。
けど、何一つなかった。思いつかなかった。
そんな時、神明さんから電話をもらった。本当は一人でどうにかしたかったけど、出来なかった。
だけど、神明さんや俺のために、今、ひとつだけで良いから、俺の話を聞いてほしい。
明日9時までに、三峰山に来てほしい。それだけでいい。それだけでいいから。
・・・・・・・・・それじゃ、おやすみ。」


去っていくゆーちゃんの足音。ドアが閉じる音がした。私の答えは、もう決まっていた。


翌朝。運命の日曜日とも言うべきか。とにかくこの日が勝負だ。
準備はすべて済んだ。後は今日のみ。
先に待っていようと思った俺は、先に家を出た。

一昨日買ったものや、飲み物などが入ったナップサックを持ち、三峰山の入口の前に立つ。
振り返ると自分の家が遠くに見える。その奥に見える谷村山はさらに赤く染まっていた。
そこまで月日は経っている。実感する暇がないぐらい忙しかったんだと思った。

もうすぐ約束した9時になろうとしている。少しずつ焦りが出てきた。本当にはるねぇは来るのだろうか。
もしかしたら、昨日のことなんか忘れているかもしれない。

そんな気持ちが巡っていたから、近づいてくる足音に気づけなかった。

「ゆーちゃん・・・」

呼ばれて初めて気が付いた。目の前にはるねぇがいる。そう、その姿4日ぶりに見た。何も変わらない。
左で軽く髪を止め、右には癖毛とも言うべきか、上にはねた髪がある。俺よりも少し背が低く、
こっちを上目遣いで見てくる。首筋には手術痕。そう、何も変わらないはるねぇがいる。

「はるねぇ・・・」

本当はいろいろ話したいことがあった。謝りたかった。けど、4日という二人にとっては長い間があった。
その壁が立ちはだかっている。俺が造った壁が。

「行こうか。」
「うん。」

手は繋がない。まだ繋がない。いや、繋げない。

「どこに行くの?」
「それは、ついてからのお楽しみ。」

三峰山に入る。昨日来た道と同じだ。けど、やっぱりはるねぇがいるからか、景色を楽しめる余裕が出来た。
ただそばにはるねぇがいるだけで、いろんなことが満たされて、大きくなってる。

昨日と同じく、暑い。はるねぇは、少し、汗をかいているようだ。はるねぇはまさか山に入るとは思っていなかっただろう。
厚めの上着を着ている。下はグレーのスカート、靴はスニーカーだが。

「はるねぇ」
「なぁに?」
「飲み物」
「ありがと」

少し微笑んだはるねぇ。どうもこの笑顔に弱い俺だ。昨日と同じ切り株に座りはるねぇに飲み物を渡す。
買っておいたレモン牛乳をわたす。パックにストローをさし、飲み始めたはるねぇ。静かな時間が過ぎていく。
先週の谷村山のように。

再び歩き出す。斜面はさらに急になっていく。どうも今日は昨日より暑いようだ。はるねぇは上着を脱ぎ、
Tシャツになった。俺は、昨日のことから、すでにわかっていたから、暑くない格好で来た。

あの階段の前にたどり着く。そのとき、一陣の風が吹いた。その風に乗ってきた、あるものに、はるねぇは驚く。

「これって・・・・桜?」

はるねぇは足早に階段を上る。少しずつ見えてくる、一本の木。階段を上りきって見えたものは、

「桜の木・・・」

そう、すべての花びらが満開に咲き誇る桜の木だった。
かなり広い土地全体を埋め尽くすぐらい大きな桜の木だ。

「金曜日の夜、神明さんから聞いたんだ。この山には、秋に咲く桜の木があるって。
今年の春は、はるねぇとゆっくり桜を見てないのを思い出してこれを見せることにしたんだ。」

この桜の木はもともとは昔、ある民族がこの地を拠点として暮らしていた頃、この町に、
目印というものがなかった。そこで、その当時のその民族の長は、当時珍しかったこの桜の花を植えることにした。
そして月日が流れ、その民族が移動するときに、「われわれが過ごした証をここに残そう」ということで、
この桜の木を植えたままにした。そしていつしかこんなに大きくなって、毎年桜を咲かせるようになった。
しかも、このあたりの木が、桜の木を覆い尽くして、春はまったく日が当たらず、気温も低いまま。
逆に秋ごろになってくると、葉が枯葉になり、少しずつ日が当たって暖かくなり桜が春だと勘違いして蕾を咲かせる。
それがこの秋に咲く桜の原因だった。

「綺麗・・・」
はるねぇは、しばしその桜の木を見ていた。一人の女の子の顔になった。

二人でずっと桜の木を見ていた。穏やかな時間だった。そこだけ春が訪れた。

俺は、ここだと思い、昨日から考えてた言葉を、はるねぇに言うことにした。

「はるねぇ。」
「なに?ゆーちゃん」
穏やかな声でいう。
「水曜日はごめん。何度も言うけど、その日は、古典の追試があったんだ。そのことをすっかり忘れていて、
だから、どうしても迎えに行くのが遅かった。その時携帯の電池が切れてて結局八方塞り。全部俺が悪いんだ。だからごめん。」
そういって、俺はかばんから金曜日買ったプレゼント-子猫のネックレス-の入った箱を出す。
「だから、これはお詫びのしるし。この桜と、このプレゼント。」

そういって俺は、とても驚いたはるねぇの側までより、箱からネックレスを出す。
「桜の方を向いて。」
俺がそう言うと、はるねぇは素直にそっちを向く。それを確認すると、ネックレスのホックをはずし、
いったん前に両手を出し、ネックレスの両端を持つ。そのまま首の後ろまできつくならない様にひっぱって、
ネックレスのホックをつける。

振り返ってこっちを向き、微笑むはるねぇ。ネックレスがさらに輝いた。
その姿に惚けていたら、突然はるねぇが胸のなかに。

「えへへ〜。」
笑うはるねぇ。よく見ると、目尻に涙が。
「ゆーちゃん、まさかそんなことをすると思ってなかった。
正直言うと、不安だった。永野川でゆーちゃんが死んだかと思った時、ゆーちゃんがどっかに行っちゃうんじゃないのって。
その気持ちでいっぱいだった。でも、桜見せてくれて、ネックレスくれて・・・最高に、っ、かっこいいよぉ〜ゆーちゃん・・・」

泣き虫な姉だ。でも、笑ってる。ああ、やっぱり、俺は・・・


そのままそこで、おばさんが作ってくれた弁当を食べながら、二人だけの花見となった。
途中、何故かお酒の缶がが入ってて、それを飲んだはるねぇが、いきなり脱ぎだしたり、
どこかへ走り出したはるねぇが、逆のところから出てきたりと、大変だった。
でも、その楽しさが、久しぶりで、懐かしくて、楽しかった。








エピローグ〜はるねぇの行きたかった場所〜
翌日から、俺は再びはるねぇと学校に行くようになった。はるねぇの首には昨日あげたネックレスが輝いている。
「今日こそ約束の場所に行くからねぇ!迎えに来てよ!」
「はいはい・・・」
無駄に、元気な姉だ。

学校も終わり、はるねぇのいる、栃木女子校へ向かう。

校門に着くと、はるねぇがいた。
「じゃ、行こうか。」

そのまま、はるねぇに連れて行かれる、俺。

そして、たどり着いた場所は・・・

「何でここなわけ・・・・?」
「えへへぇ〜〜〜。」
もうとろけそうな笑顔でバナナパフェをほおばるはるねぇ。
テーブルの上にはもう5,6個からの器がある。

はるねぇが行きたかったのは、

「デミーズ、秋のバナナパフェ食べ放題!」

だった。それだけのこと。
それだけなのか?とはるねぇに聞くと、
「女の子にとってはとっても重要なんだよ?」
といわれた。よくわからん。

ちなみに、バスの中で暗い顔をしていたのは、体重を気にしていたらしい。