あきのの。 〜紅葉に照らされて〜

   


はるねぇの手術が終わって大体二ヶ月が過ぎた。手術前は、静かだった。騒がしい姉がいなかったのが寂しかった。
しかし、手術も終われば、やっぱり姉は姉なわけで・・・

「ゆーちゃん、山いこ?」
ノックして入ってきたはるねぇはいきなりこういった。
「は?山?」
「うん。谷村山に。」
「・・・。その前に一つほどいいか?」
「なあに?まっ、まさか・・・。」
「へ?」
「その、いいんだよ?やっと、やっとしてくれるなら。その、恥ずかしいけど。ゆーちゃんのためなら。
そ、そのかわり、や、優しくし・・・あ!い、痛い!痛いから!」

いきなりもじもじし始めたはるねぇ、とりあえず頭を鷲づかみして、ため息をついた。まったくこの姉は・・・。
頭から手をはずした。
「う〜。痛い〜。頭が〜。お姉ちゃん虐待だぞ〜!」
「知らん。」
「う〜」
涙目になって、こっちを睨んでくる。
いったん向き直って、はっきりとした口調で疑問を言った。
「今、俺が何やってるかわかってるか?」
「え?何してんの?」
やっぱり・・・と、わかっていたがどうしても肩を落としてしまった。
「今テスト勉強してんだよ。明後日からテストなんだよ。」

そう、もう2学期の中間テストが迫っているのである。この土日をあけた週の火曜日から4日間。
いつもだったらテストにはあまり力を入れないのだが、今回は、クラスの野郎たちと賭けをしているのだ。
その内容は、

「はるねぇの弁当をたべる権利」

多分、去年なら、やっきにならず普通にあげていたかも知れない。
が、しかし、知っての通り、はるねぇはもう姉以上の存在になっている。一言でいうなら、独占欲ってやつだろう。
はるねぇがほかの男と話しているとなんだか胸が締め付けられる気持ちと同じのようなもんだ。
もともと、はるねぇの弁当を食べる権利は自分しかないはずなのに、野郎にあげるのは筋違いじゃないのか?
あとになって気づいたが、多分あいつらは、「逃げるのか?」などといってくるだろうし、
最近、勉強にもついていけてない時がちょくちょく出ているから、ここは一回気合を入れなおした方がいいな、
と思ったので、その賭けに乗った。
テストがあることは、事前に言っておいたから、はるねぇもわかっているはずだ。もちろん賭けのことは言ってない。
これは俺と野郎たちとの勝負だから、と心に決めていた。

なのに、目の前のあほな姉はすでにそのことを忘れているから、部屋に突撃してきた。

「へぇ〜テストなんだ。うん、わかった。じゃ、山いこ。」
頭をたたいた。
「ふぇ、い、いた〜。また、苛めた〜。おねぇちゃん警察で逮捕するぞ〜」
なんだその簡単に逃げれそうな警察は。
「もういい、俺は勉強する。」
「え、ちょっと、ねぇ〜、少しでいいから、すこしでいいから〜!」
「ああ、うっさい。」
いすに座ろうとした俺の右腕を、はるねぇが取り、体を密着させてくる。う〜む、なかなか・・・
と、思った瞬間、右腕に激痛がはしった。
「いった〜〜〜!!!」
右腕を見ると、はるねぇは決めていた。名前は忘れたが、結構有名なプロレス技を決めている。
しかも、何故かベッドの上にいる。早業だった。おねぇちゃんマジックか。そして笑顔でこっちを見て、”ギブ?”と唇を動かす。
「わかった!わかったから〜〜!」
「ふう、わかればいいんだよわかれば。」
そう言うと、はるねぇは右腕から離れていった。少し悔しかった。

星野自然村のわき道を通り、まだ土の道を通る。時刻はまだ午後に入ったばかり。
もう10月なので、少しずつ涼しくなっている。はるねぇはクリーム色の上着を着ている。下は黒いロングスカート。
そらは、少しずつ低く感じてきている。けど、青く澄んだそらは、いつまでたっても変わらない。
雲が太陽を隠し、谷村山に影を作る。それと同時に風が、緑の、優しい香りを運んで、通り抜ける。
「涼しい・・・」
はるねぇがぽつりと言った。
「そうだなぁ」
つないだ手を、ちょっとだけ強く握った。それに応じて、はるねぇからも強く握ってきた。
少しずつ、傾斜のある道になって、体も温まってきた。右手にあるぬくもりが、さらに暖かくさせてくれた。

紅葉が木から離れて降ってくる。風に舞いながらひらひらと。

5分ほど歩くと、あのベンチのある場所に着いた。二人で腰を下ろし、ベンチに座った。目の前には三峰山。
下には家が広がる。空は青く、紅葉とのコントラストが映えてきれいだった。
2ヶ月前とは違っているが、これはこれで、とてもきれいな世界だった。
ここに来ると思い出す。2ヶ月前のことを。手術の覚悟はあるが、やっぱり不安でつぶされそうだったはるねぇ。
あれからもう2ヶ月がたっている。過ぎ去っていく時間は、戻らないけど、この場所は残り続けてる。

「何で、またここに来たんだ?」
「え〜っと、なんだっけ?」
べしっ、べしっ、べしっ
「あ、痛い、やめて、無表情ででこピンしないで〜」
3発、でこピンを決めた。はるねぇはおでこをおさえながら、う〜、う〜、唸りつつここに来た理由を言った。
「ただね、ここに来たくなっただけだよ。特に理由なんてないよ。」
「ほーか」

お互いにしゃべることもなく、少しの間、ぼーっとしていた
すると沈黙を破るはるねぇの声が聞こえた。
「もう秋だね。」
「そうだな。」
「今年の夏は、大変だったね。海行ったり、山行ったり」
「そうだったな。海だと、勝手に一人で行って、どこ行ったかわからず帰ってきたのは夕方で、みんな心配してたんだぜ?」
「うん。ゆーちゃん、泣きそうだったからね。」
「あほ、誰のせいだと思っている。」
「ごめんね」
「もういいさ。」
「あと・・・あと、手術も・・・。」
そういうと、はるねぇは首に手を当てた。首筋に残る手術痕。2センチメートルの傷。覚悟の跡。

そこだけは静かだった。時は緩やかに動いている感じだった。ベンチに座る二人の周りに広げられる静かな、穏やかな、世界。

「手紙にも書いたけど、つらかった。泣きたくなったよ、何度も。でもさ、ゆーちゃんと、はっきりしゃべれるんだって、
自分の気持ちもっと伝えることができるんだって、そう思うと、不思議と勇気が湧いて来たんだ。」

手術中の話を始めるはるねぇ。その顔は辛そうな顔だった。すると、まるで、自分の意思とは反した何かに取り憑かれたように、
右腕がはるねぇの頭の方に動いていった。
頭をなでるとはるねぇは、泣いた。大きな声で泣いた。子供のように、俺の体にしがみついてきた。
そんなはるねぇに驚きながらも、頭をなでる。
「何泣いてんだよばか姉。」
「だって・・・だって・・・」
気がつくと、俺ははるねぇの肩に手を置いていた。肩に手が置かれたことに気づいたはるねぇはこっちを向いた。
そして、顔を少しだけ突き出して、目を瞑った。
そんなはるねぇに驚いた。まあ自分がまいた種だから・・・、と覚悟し、唇をめがけて・・・、

そのあとも、強く俺を抱きしめるはるねぇ。俺は、このあとどうしようかなぁ・・・と、考えながら、空を見た。
今は、まだ昼だけど、無性に、星を待っていた。

三峰山に沈む夕日に照らされる谷村山。山全体が、紅葉のように赤くなっている。
まだ目が腫れているようなはるねぇの顔も、赤く照らされている。
あれから、泣きやんだはるねぇと、ずっと他愛もない話をしていた。たまに、俺がはるねぇの頭をたたいたり、
鷲づかみしたり、逆にプロレス技をかけられたり。やっぱりいつものはるねぇなんだなと、思った。

「もう帰ろうか。日も暮れそうだし、お母さん心配するかも。」
「そだな。」
そう言うと、ベンチを立ち、もと来た道を通って帰った。まだ緑葉さえ赤く見えた。
「また来れたら来ようね。」
「もちろんだ。」
心の中でまた5年後も、10年後も、と誓った。
やっぱり手は握ったままだった。


家に着くと、太陽は見えなくなって、星野にも暗闇が広がってきた。家の光もはっきりみえるぐらいだ。
「ただいま〜!」
元気なはるねぇの声が家に響き渡る。続けて俺も家に入り、そのまま夕食となった。

「どこ行ってたの?二人で?」
伯母さんが、ワイドショーの記者みたいな感じで興味津々な感じな顔で言ってきた。すごい笑顔だ。
「えーっと、そのぅ・・・」
顔を真っ赤にしたはるねぇは、口がよどんだ。心なしか俺の顔も赤い。
「どうしたのかな〜?」
立秋さんも聞いてくる。ああもう、何だよこの家族は・・・
しかも、伯父さんも耳をぴくぴく動かして、一言一句聞き漏らさないように聞いている。
おじさん、おまえもか・・・。そんな言葉が浮かんだ。

結局、根掘り葉掘り話した。もう顔が上がらない・・・

「はずかしかったねぇー。」
「そうだなぁ。」
顔を真っ赤にしながら、はるねぇは俺の部屋に来て言った。
数時間前にここにはるねぇがやってきたから始まった。今日はまったくテスト勉強できなかったが、
はるねぇとまたあの場所へいけたなら、もうテスト勉強なんてどうでもよくなっていた。

「どしたの?」
と、はるねぇ笑顔でこっちを向いて言う。
やっぱり、はるねぇは、ばかだけど、最強のおねぇちゃんで、大切なひとだ。
「いや、ちょっと考え事をしてた。」
「どんなの?えっ、まさか・・・」
「まさか?」
「やっぱり、そ、その、おねぇちゃんと、う、うん、いいんだよ。どうしても我慢できないのなら・・・。あ、でもまだお風呂入ってないし・・・、
で、でもゆーちゃんが言うなら、き、きたな・・・い、痛い!いたいいたい!!やめて、放して〜〜!!」

やっぱり姉は姉なんだな・・・と、嘆息しながら、おれにアイアンクローを食らって、叫んでいるはるねぇをみながら思った。


その後日行われたテストは、野郎たちにぎりぎり勝った。・・・よかった。