Merry X’mas.

      

「……で、ここは……こうなって?…………あぁ、そうか。この公式を使えば良いのか」
 今日はクリスマスイブ。世間一般では「カップルの祭典」らしいが、正直俺には関係がない。
 いや、別に「一緒に過ごす相手がいない」訳じゃない。自慢じゃないが相手くらいはいる。ただ、そんな事をしている暇がないだけだ。
 俺は今受験シーズン真っ最中。宇都宮大学を目指している俺にとって、この冬は最後の仕上げの時なのだ。
 浪人などして、これ以上和泉家に世話をかけるわけには行かない。そう思うと勉強にも自然、熱がこもる。
「メリークリスマス!! ゆーちゃん!!」
 大きな声におもわず振り向くと、窓の向こう側にはサンタクロースの格好をしたはるねぇがいた。
「…………はるねぇ。今俺は勉強中なんだが」
 ため息と共に窓を開け、文句などを一応言ってみる。……多分、聞きはしないだろうけど。
「えぇー。何で?」
「いや、何でって、受験生なんだから。当然だろ?」
「えぇー。何で?」
 訳が分からないというように首を捻るはるねぇ。真っ赤なサンタの衣装に真っ赤なニーソックス。思わず、目を奪われてしまう。
 ――――いやいやいや、一体どこを見ているんだ、俺は。
「何で受験生だと勉強しなきゃいけないの?」
「いや、何でって……」
 はるねぇは、心底分からないというように眉をひそめている。
「だって今年のクリスマスイブは今日だけなんだよ? もう二度と来ないんだよ?」
「……今年の受験も、な」
 はるねぇは、「チッチッチ」と左手の人差し指を顔の前で振る。
「分かってないなぁ、ゆーちゃんは。勉強は今日じゃなくても出来るんだよ?」
「……クリスマスイブは?」
 答えは想像が付いたが、あえて聞いてみた。
「もちろん。今日、この瞬間にしかないのだよ!」
 はるねぇは腰に左手を当てて、「どうだ、参ったかー」などといっている。
 全く、この姉ときたら。……まぁ、そんなところが可愛いのだけれども。
「……ところで、ここは2階だよな?」
「うん、そうだね?」
「……で、そこは窓の外だよな?」
「うん、そうだね?」
 だからどうした、といわんばかりの笑顔。
「このためだけに、わざわざ梯子を?」
「うん、その通り! さっすがゆーちゃん! 分かってるじゃない」
 ……そのバイタリティーには脱帽です、姉さん。何でわざわざそんなことをしなければならないのかは、さっぱり分からないのですが。
「で、そろそろ中に入れてくれないかなぁ」
「何で?」
 少々意地悪をしてみる。
「何でって……。結構、寒いんだよ? この格好」
 そういうと、はるねぇは少しだけ恥ずかしそうな笑みを浮かべた。
「このミニスカートが、思ったよりも寒くってさ……」
 そう言われて、自然に目がスカートに行ってしまう。

―――――― その時だった。一陣の風が吹き抜けたのは。――――――

「「えっ?」」
 風の悪戯に、フワリ、と軽やかに翻るミニスカート。
 真っ赤なその下にあったのは、紺色のスパッツ。……そして、以外に白い、はるねぇの太腿。

「!……って、うわわわっ!?」
「! アブねぇ!!」
 舞い上がったスカートに慌てたはるねぇは、梯子の上でバランスを崩してしまう。
 咄嗟にはるねぇに手を伸ばし、そのまま部屋の中へと引っ張り込む。


―――――― 二人で部屋の床に倒れこむ。はるねぇの腰に回されている俺の腕。俺の上にいるはるねぇの、息が荒い。――――――


「「……って、うわわわっ!?」」
 どのくらいそうして見詰め合っていたのか分からないが、我に返ったのはほぼ二人同時だった。それと同時に、ばっと離れる。
 俯くはるねぇの、顔が赤い。……うん、まさに上から下まで真っ赤だ。
「……見た?」
「……え?」
 ぼそりと呟くはるねぇ。何のことか一瞬分からず、思わず聞き返してしまう。
「見たんでしょ? ゆーちゃん?」
 ……はるねぇの後ろに、なにやらどす黒いオーラが見える気がする。
「い、いや、その……」
「見・た・ん・で・しょ?」
 ――――あぁ、神様、一体どう答えろと。これはアレですか、クリスマスを蔑ろにしようとした罰ですか。
「……ゆーちゃんのエッチーーー!」
「いや、だって」
「エッチ、変態、ムッツリ助平ー!」
 そう叫びながらはるねぇは、持っていた袋の中から何やらUFOキャッチャーの景品にありそうなデフォルメ人形を取り出し、ぴしぴしと投げつけてくる。
 人形には「うなうな」だの「ななほタン」だのとご丁寧に名札が付いている。……誰だよ、この「千夏」って。
「あーーー! 人の下着を見ておきながらお人形ににやついているー!!」
「いや、誤解だって……」
「くるなー! ロリコン!!」
 そういうと、人形と共にいまだ大きな袋を一緒に投げつけてくる。
 ……あっ、この巫女姿の人形は、神明さんだ。そう思った次の瞬間、袋が顔面にクリーンヒット。
 なにが入っているのかやたらと重いその衝撃に、俺はそのまま気を失ってしまうのだった……。


――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *――――――――* * *――――――――


「あれ? 一体……」
 どのくらい経ったのだろう。なにやら冷たい感触に俺は意識を取りもどした。……それに、頭の下が……柔らかい?
「あぁ、ゆーちゃん!!」
 はるねぇの声がするほうを向くと、俺の真上で涙でくしゃくしゃの顔があった。……そうか、冷たかったのははるねぇの涙か。
 ぼんやりする頭で、そんなことを思う。
「ごめんね、ゆーちゃん。私、お姉ちゃん――――ううん、恋人として、失格だよ。」
 はるねぇが、泣きながらそう言ってくる。
「ごめんね、ゆーちゃん。元はといえば私があんなとこにいたせいなのに。ゆーちゃんは私を助けてくれたのに。なのに私……」
 俺は黙ってそのままはるねぇの頭に手を伸ばし、静かに引き寄せる。
 はるねぇの頭が、ゆっくりと俺の顔に近づいてくる。

 ―――― そして、そのまま ――――

「はるねぇに、涙は似合わないぞ?」
 真っ赤になって頬を上気させているはるねぇに、開口一番そういってやる。
「もう、ゆーちゃんのえっちぃ〜」
 先ほどとは違った口調で、はるねぇが恥ずかしそうに言う。
「いや、だって」
 ……いや、この先を言うのは止めておこう。
「……だって、なんだい?」
「「ひっ!」」
 なにやらおどろおどろした雰囲気を醸し出す声がして、俺ははるねぇの膝から飛び起きた。
 はるねぇも、吃驚したように声のしたほう――ドアのほう――を見る。
 そこには、うらやましそうに見ている立秋さんと意味深な笑みを浮かべている詩穂さんがいた。
「立秋。弟と妹にこれ以上先を越されちゃ駄目よー?」
「いやぁ、酷いな母さん、ちょっと傷ついたよ母さん。大丈夫、今のところはまだ僕のほうがリードしているよ。はっはっは」
「その台詞もいつまでもつかしらねぇ。うふふふふ」
 笑いあう二人。――――けど、何気に、怖い。
「邪魔してごめんなさいねぇ、仲睦まじいお二人さん♪ だけどそろそろ晩御飯なのよー」
「愛っていいよな父さん! 青春っていいよな爺さーん!」
「うふふふ。じゃあね、早めに降りてきてね☆」
 そういいながら二人は下へと降りていく。――――って、早めってなんだ!?
「……ゴメンね、ゆーちゃん」
「……いや、別に」
「……つ、続きは、今晩に……ね?」
 真っ赤になってそう言うはるねぇ。――――って、続きってなんだ!?
 そのとき、階下から立秋さんの声が響く。
「おーい、はるなぁー。ケーキ切っちゃってもいいかー?」
「えぇー? だめ駄目ーー!! それは私がやるのー!」
 そういうとはるねぇは急ぎ下へ降りていってしまう。
 どんなに甘い空気を醸し出していても、目先の食い気に即走る姿はやっぱりはるねぇだと思う。――――まぁ、いいか。やっぱり、はるねぇはああじゃないと。
 階下からの「ゆーちゃん、先に食べちゃってるよー?!」の声に、自然と笑みがこぼれる。
「おぃおぃ、ちょっと待ってくれよ」
 そう返事を返しながら、床に転がるサンタはるねぇの人形を机の上に乗せる。
 その人形に一発でこピンを食らわせてから、俺は暖かな家族パーティーへの現場へと向かうのだった。


                                         Merry X’mas!!