2人の委員長、もしくは生徒会長
   


〜2006年7月6日 デニーズにて〜

「一人で祝杯とは悲しいものだな・・・」

 行き着けのファミリーレストランも友人がいないと心細い。
委員長は一人、ドリンクバーの全種類を飲み干していた。

(川島結城が誘いを断ったのが誤算だった。彼の魅惑のツッコミは驚嘆に値するんだけどな・・・)

 委員長が四人がけのテーブルに座り一息ついていると、テーブルの反対側から聞き覚えのある声が聞こえた。

「やあ、栃一の!生徒会長になったそうだが、立候補者がお前しかいなかったんだってな!そんなことでは栃一に明るい未来ないな!!」

 テーブルの向こうで栃二の制服を着た女子が一人こちらを見下ろしていた。170センチほどの長身、髪は後ろで束ねられている。

「なんだお前か、栃二の!こんな時間から生徒会長が一人でデニーズとは、栃二の生徒会も先が思いやられるなっ!!」

 委員長は不敵に笑いながら言った。売り言葉に買い言葉。

「・・・いや、お前も一人じゃん」

「こちらには他にも優秀な役員が揃っているからな!そっちの生徒会とは質が違うのだよ!!」

「なんだと?!栃二が栃一より劣っているというのか?ならば勝負だっ!!どちらの生徒会が優秀か、ここで決着をつけよう!!」

「望むところだ!!では勝負方法だが・・・、ある男が私にこういった『コーラ30リットル飲んで死んでしまえ』と・・・
 コーラ早飲み対決!!三十分間でより大量のコーラを飲んだほうの勝ちだ!!」

「いいだろう!その勝負、受けよう!!栃二生徒会の名に賭けて!!!」

―――そんな応酬をする二人は栃木第一高等学校、栃木第二女子高等学校の生徒会長同士。
一年の栃一栃二交歓会のときに知り合い“どちらの学校の学食のカレーがよりおいしいか”と、いうことで口論になった。
それからというもの顔を合わせるたびに何かと競い合っていた。
ちなみに初めてあったときあだ名はどちらも委員長だった。それで所属する学校にちなんで、栃一 栃二と呼び合っている。

 ■ ■ ■

 向かいに座った二人はコップに注がれたコーラを一気に飲み干すと、すぐにコップにコーラを注いでまた飲み干す。
攻防は一進一退。無言の中に飲み進める二人の顔には闘志しか覗えなかった。

 ・・・三十分後、テーブルに二つのコップ。一方は空。もう一方には半分ほどのコーラが残っていた。
そして備え付けの椅子には二人の男女が倒れていた・・・。精根尽き果てて苦しそうに呻きながら腹を押さえている。
三十分間飲み続けたコーラは二人の想像を上回る破壊力を所持していた。
そんな中、先に立ち上がったのは娘のほうだった。

「私が32杯。お前は31杯半。私の勝ちだな・・・。会計は、お前が、済ませて、おけよ・・・」

そう呻くように呟くとと、彼女はふらふらとデニーズを出た。

「・・・む、無念」

委員長はしばらくそうして倒れていた・・・。



〜2006年8月6日『とちぎ夏まつり2006』〜 

「ワッショイ ワッショイ」

 ハッピにフンドシを締めた生徒会長は大量の提灯をぶらせげた御神輿の上にのって大きな団扇を道行く人々を扇いでいた。
人手不足ということで生徒会の役員として祭りの手伝い。
屈強な御神輿の担ぎ手たちに囲まれて、体重が軽いと言って乗せられたのは、御神輿の上だった。
揺れる御神輿に乗って巨大な団扇を扇ぐ。この団扇の風にあたると一年間、風邪を引かないらしい。
その風にあたりに御神輿の近くまでやって来る人、屋台の店先で焼きソバを食べる人、射的に熱中する人、御神輿が行くのを見物する人。
そんな姿が御神輿の上から見える。顔は皆、祭りを楽しんでいた。その祭りの一体感を肌で感じ、身体が熱くなる。

 ふと、生徒会長は道の脇から視線を感じた。そっちを見ると結城がいた。
右手を隣の娘と繋ぎ、左手で持ったチョコバナナをしなだれかかる相手に食べさせている。
しかもその相手は、彼の姉 榛菜さんだった。
目が合った。いつもはクールな結城の顔が一瞬にして崩れる。かなりうろたえている。

「はーっはっはっはーーーっ!! 我輩は見たぁぁーっ! ラブラブだなぁぁーっ!!マァァーイスウィィィィトハニィイィーーー!!」

どう見ても恋人どうしの逢瀬にしか見えなかった。驚く川島の顔は面白かった。
だが会長は自分の心に釈然としない感情があった。

「ああ悲しきかなぁぁーーー!! 俺のダブル・ブロークンハァァァァーーーート!!!」

茶化しながら言ったセリフはほとんど本心だった・・・。
親友が一人、向こうの新世界へ旅立ったしまった。今度、盛大に送り出す、もとい、弄ってやらねばいけないだろう。
そんなことを考えながら、御神輿が止まるまで会長は団扇を扇ぎ続けた。

 ■ ■ ■

 御神輿から降りて、ハッピから浴衣に着替えた。
これから屋台を徘徊して祭りを楽しもうと思っていた生徒会長だが、思ったより御神輿というのはハードだった。
腕がかすかに痙攣している。落ちないように踏ん張っていたせいで足腰にも疲労がきていた。
しかし、祭囃子が聞こえてきて居ても立っても居られなくなった。重い腰を上げた。
 屋台が立ち並ぶ通りに出るとすぐに知り合いに出くわした。栃二の生徒会長、心なしか少し疲れているように見える。

「よう、栃二の。祭りは楽しんでいるか?」

「いや、まだだ。ついさっき生徒会の手伝いから開放されたところでな。迷子の世話に交通整理、お茶汲みまでやらされて、まいったよ」

 そういって、笑ってはいるが疲れているのは確かなようだ。雑務は苦手らしい。そんな栃二のも浴衣を着ている。
和服にポニーテールの組み合わせと彼女の生来の生真面目そうな顔つきが侍の印象を与える。

(これは可愛いというよりもカッコいいだなぁ)などと生徒会長が思っていると、向こうのほうから声をかけてきた。

「そうだ、栃一の。お前に伝説を見せてやろう」

 そういって連れて来られたのは金魚すくいの屋台の前だった。
彼女は店のおっちゃんに百円をはらって水の入った椀と紙の張ってある道具を渡されると金魚の泳ぐ水槽の前にしゃがみこんだ。
泳ぐ金魚は小さいが素早い。

「知ってるか?すくう時に使う道具、ポイっていうんだよ」

そんなことを言いながらも水槽から目を離さない。ポイをもった手が水槽の上でふらふら動かしている。
流れるように一気にポイを水に入れて、出して椀まで持っていく。椀の中には金魚。早業だ。すくう手がよく見えない。

「・・・すごい」と、驚いて誉める。しかし、彼女は顔もこちら向けずに不敵に笑う。

「まだまだこれからだよ、きみぃ」

 ■ ■ ■

 結局、30分かけて100円で24匹の金魚をすくい上げていた。
最後は余力を残しながら店のおっちゃんと交渉してビニールの代わりに古ぼけたバケツをもらい、そこに五匹だけ選んだ金魚を入れた。
このほうがビニールよりも酸欠で金魚が死ににくいらしい。

「こっちの元気なのが遠野。この背びれかきれいなのが楠木で、尾びれが大きいのが伊勢崎。
 隅にいる色が綺麗なやつが有奈月で、すばやいやつは辻堂だな」

「金魚の見分けがつくのか・・・しかも名前までつけて」

「おう、長年見てたら金魚の特徴がわかってきてな、気に入った奴には名前をつけて可愛がることにしている」

 そう言って、栃二のはバケツの中の金魚をひとしきり愛でていた。だがその顔には悲しんでいるように見えた。

(そういえば、今晩は喧嘩にならないな・・・)

栃二のがどんな心持ちでいるのかと判断がつかなかった。
 そうして、生徒会長はほどんど何にしないままに祭りは終わろうとしていた。金魚すくい見物に時間をかけすぎていた。
それはそれでなかなか面白かったが、これでお仕舞いというのはつまらない気がした。

「栃二の、巴波川で灯流しをやるそうだ。見に行かないか?」

 屋台が並ぶ通りを抜けて巴波川まで・・・。
 川には人垣が出来ていたがなんとか水面を見ることができた。揺らめく108の蝋燭を灯した小船がゆっくりと流れていた。
ときたま小船に乗ったお坊さんが火のついた蝋燭を川岸に向かって投げる。あの蝋燭は安産のお守りになるらしい。

 横を見るとさっきから無言だった栃二のが呟いた。

「あの灯に祈れば、願いが叶うような気がしてこないか?」

その顔は蝋燭の照らされらがらも暗い影があった。その悲しい顔が何を願うのか生徒会長は不思議に思った。

「煩悩を払うための行事だから、そういう御利益は無いのではないか?」

「そうか・・・」

「何か悩みでもあるなら聴いてやるぞ」

「・・・いや、いい」

そういう顔にはやはり悲しみに包まれている。
 生徒会長は御神輿の上でのことを思い出した。誰も彼も楽しそうだった。
あの川島もこちらに見つかるまでは幸せそうだったし、その隣にいた榛菜さんも美味しそうにチョコバナナを頬張っていた。
そんな祭りの中、彼女だけが悲しみを見せるというのは不公平に見えて、あってはならないことのようだった。

「栃二の、ちょっと来い」

そういって相手の手を掴み、ちょっと走った。栃二のが驚いたような声を出したが、無視して進んだ。

 ■ ■ ■

着いた先は神明宮。赤い鳥居をくぐり、賽銭箱、拝殿まで進む。
財布の中を見ると500円玉しか入っていなかったが、それを栃二のに渡す。

「灯流しよりもこっちの方が御利益もあるだろ。そいつで祈れるだけ祈っとけ」

渡された500円玉を見て彼女は少し困惑していたが、いつになく真剣な表情の生徒会長を見て少し笑った。

「・・・すまんな」

 金魚たちが入ったバケツを生徒会長に渡し、500円玉を賽銭箱に投げ入れる。カランッと乾いた音がした。
栃二のは目を瞑って手を合わせる。静かだった、動くものはバケツの中の金魚と時折風になびく髪。長い間、そうしていた。

「友人が一人、病気になった。声が出せなくなったんだ」

栃二のは祈ったままの姿勢で語り始めた。

「いつも五月蝿いくらい元気な娘だった。それが掠声しかでなくなって、寂しげだった。そんな娘に、私は何もしてやれなかった。
 友達なのに何もできることがない。上手く励ますこともできない」

話を聞いてその友人が榛菜さんであることがわかったが、生徒会長はそのまま耳を傾けた。

「明日、手術をするそうだ。頸にメスを入れるらしい。その手術が上手くいくように、また元気な彼女に会えるように・・・」

それだけ言うと彼女は目を開けた。金魚のバケツを渡して、生徒会長は今日の榛菜さんと結城の顔を思い出しながら言った。

「今度、お前とその彼女と、こっちももう一人連れて、どこか遊びに行かないか?とびきりいい奴がいるんだ」

「・・・それ、いいかもな。カラオケとか、彼女行きたがってたし・・・。
 まあ、とびきりいい奴といっても私の友人には敵わないだろうな」

「・・・そうかもな」

そういって笑いながら、栃二のにいつもの勝気さが戻ったのが嬉しかった。

(それに結城は榛菜さんには敵わないだろうな・・・)

「そういえば、お前の名前、まだ訊いていなかったな」

 帰り際、いきなり栃二のがそんなことを言う。当然、お互いに相手の名前は知っていた。
けれど、思い出してみると確かに面と向かって名乗ったことはなかった。呼び合うときは、栃一栃二。

「そういえば、こっちもお前の名前を訊いてなかった」

そういって二人して笑い、星空の下、相手の名前を呼び合った。



〜2000年8月某日〜

「・・・すこし早く着きすぎたかな」

 暑い日ざしが容赦なく照りつけ、空の向こうで入道雲が育ってゆく。
そんな中、栃一と栃二の生徒会長の生徒会長は二人して巴波川を架かる幸来橋の欄干に寄りかかっていた。
これから4人でカラオケに行く予定だ。きっと楽しい日になるだろう。
遠くから原付のエンジン音がする。見ると結城と榛菜さんだ。
運転に集中する結城の後ろで榛菜さんが大きく手を振って何やら叫んでいる。

「「私の最高の友人を紹介しよう」」

 二人の生徒会長は二人して言って、笑った。


 おわり