ほしのの。二次創作小説(前編)










 巡り会う――



 夏の終わり、夏の夜。

 まるで夜空≠再現したかのような暗闇の中、二人は星空≠フ中に居た。

 視界に広がるは一面の星。二人の間に言葉は無く、ただその光を見ているだけだった。

 吹き渡る風は冷たく肌寒いが、見惚れた二人は、身震いすることすら忘れていた。

 銀河の中心。二人は今、銀河の中心に居る。

 強く願えば、何処までも、何処までも飛んで行けそうだった。 

 全てが光り、全てが輝き、全てが綺麗で、全てが美しくて、

 今二人にとっては、この全て≠ェ、世界の全て。この星空≠ェ、二人の全て。

 夏の終わり、夏の夜。そして、都会の星――

 輝き続ける都会の星≠ヘ、二人を優しく包み込んでいた。


 「ありがとう」


 夏の都会の星空に、その言葉は、小さく響いて消えていった……。



 巡り会う、そして二人は巡り会う。

 今日もまた偶然≠ノ、私と貴方は巡り会う――




















     ほしのの。 二次創作小説

      ―――都会の星―――




















     2006年 8月29日





 鶏の鳴き声が響く頃、田舎道を一台の車が走る。早朝の静寂を、エンジン音が掻き消していく。
 道路にとび出した鳩は車に轢かれそうになり、慌てて空の彼方へと消えて行った。

 栃木県栃木市、星野。
 蕎麦と星野遺跡という古墳、二月に咲くカタクリとセツブンソウ以外は、アピールに欠ける田舎町。
 そんな田舎町に住んでいる俺、『川島結城』は、車の窓から外をぼんやりと眺めていた。
 外の景色は次々と流れていく……と言っても、行けども行けども田畑ばかり。地平線には山だけが並んでいる。
 どこまで行っても風景の変化は薄く、俺は視線を車内に戻すことにした。

「ゆーちゃん、どうかした? 車酔いした?」
 突如、橙色の髪をした娘が、目の前に顔を出してくる。視線が合い、俺は一瞬ビクッとしてしまった。
「大丈夫だって。というか、まだほとんど時間経ってないし」
「でも顔色良くないよー? 酔ったならちゃんと言ってね」
 彼女はそう言うと、あくび一つして、よいしょと座席に腰をかけた。

 このお節介娘は『和泉榛奈』
 俺は『はるねぇ』と呼んでいる。俺の従姉で、事情により一緒に暮らしてたりもする。
 いつも無駄に元気だが、つい最近までは声帯麻痺≠ニいう病気で声がでなかった。
 治療のため入院するほどだったが、まぁ手術は無事成功して今現在に至る。
 はるねぇが退院してから早くも一週間が過ぎた。けど、手術の痕……首の絆創膏は消えないだろう。一生。


 車は走る。二人を乗せて。
 田畑オンリーだった風景は、気が付けばいくつかの民家へと変わっていた。
 車が右にカーブする。同時に二人の体は慣性に導かれるまま左に倒れ、重なった。
「えへへ……」
 妙に嬉しそうに笑うはるねぇ。俺は頭を鷲掴みしたい衝動に駆られたが、なんとなく耐える。
 車はそのまま、とある民家の前に停止した。

「よーし、とりあえず着いたぞー」
 はるねぇの実兄で、俺の従兄である『和泉立秋』さんが俺達に声をかけた。
 運転席から、体の重なった俺達を優しく睨んでいる。『羨ましい』という想いをいっぱいこめて。
「……んじゃとりあえず降りるか、はるねぇ」
「うんっ」
 俺とはるねぇは視線から逃れるように車から降りる。
 降りたその先には、黒髪でメガネをかけた娘と、やたらニヤニヤしている変人男の二人が待っていた。

「グッドモーニング諸君! そしてマイスウィィィト☆ハニーーーー!!」
「おはよう榛奈〜、弟君もおはようー」
「おはよ〜二人共〜」
「おはようございます千鳥さん」
 朝から騒々しい馬鹿は放っておいて、はるねぇの友達である『久原千鳥』さんに笑顔で挨拶。
 千鳥さんは、はるねぇと同じく半袖にスカートと涼しそうな格好をしている。

「ちょ、待てマイハニー! いきなりスルーは酷いと思うんだけど!」
「あぁすまん、気付いてたけど無視してた」
「ショック! 無視はイジメの原因だぞ! しかしそんなツンデレが良い! デレ期突入は何時の日か!!」
「やっぱり帰ってくれ」
 喧しい騒ぎ声が辺りに響く。向こうからは立秋さんの妙な視線すら感じるのだが……。
 この五月蝿い変人男は……説明するの面倒だな。しなくていいか。
「いやしろよ! 私は『生徒会長』! 残念ながら本名は不明……」
 ……まぁそんな感じ。こんな奴でも生徒会長になれるなんて、世も末だと思うね。

 そんなこんなで、乗客二名を追加して、再び立秋さんの車へと乗り込んだ。
「よろしくお願いしますー」
「宜しくお願いします、お兄様」
 千鳥さん(+馬鹿一名)が立秋さんに挨拶をする。
 立秋さんは優しい笑顔で応え、皆が乗ったのを確認した後、車のアクセルを踏む。
「楽しみだねー、ゆーちゃん」
「ん」
 はるねぇと普段通りのやりとりをし、俺は再び視界を外に戻した。
 俺以外の四人が楽しそうに会話している中、俺は静かに、田畑と山を眺めていた。


 あとニ時間もしたら、この景色が人とビルに変わるのだから




 今がどういう状況かと説明すると、つまり俺達四人は夏休みだということで遊びに行くのだ。
 普通、夏と言えば海や山へ行くものなのだが、今回の目的地はそのどちらでもない。
 その理由は、はるねぇの「カラオケ行きたい」という願望一つだけだったりする。
 やっと声がでるようになったということで、思う存分歌いたいのだろう。
 そして、その肝心の目的地は―――


 日本の首都、東京。


 カラオケならもっと近くの街にもある。だが今回行くのは東京だ。
 その理由も、はるねぇの「近くの街のカラオケには歌いたい曲が無い」というわがまま一つ。
 まぁ東京のカラオケに目当ての曲があるかどうかは疑問なのだが。

 そして夏祭りの夜、はるねぇがカラオケ行きたいと話していた際に、
 つい「とびきりに変な奴を連れてきてやる」と言ってしまった俺。
 半分ヤケでそのとびきりに変な奴≠連れてきてしまったわけだが……今は後悔している。

 ちなみに、はるねぇの歌いたいという曲は『神明みのり』さん(はるねぇの親友)から教えてもらった曲らしい。
 何でも、神明さんの気に入ってる映画のエンディングテーマだとか。
 曲名は……なんだっけ、『飛来星』だっけ……?

 とまぁこのような理由で、今回わざわざ立秋さんに送ってもらい、東京へと出掛けるわけだ。
 はるねぇも他の二人も、久々のカラオケでとても楽しみにしている。
 しかしよくよく考えれば、俺にとっては三年ぶりの帰郷となるのだ。なんだか妙な気分。


「やーーーーっ!!」
「ん……わぷっ!」

 はるねぇがいきなり、俺に向かってチョップを繰り広げてきた。
 俺は声に反応して振り向き、それを顔面にくらう。車内に間抜けな音が響いた。
「わわっ、ゆーちゃん大丈夫?」
「大丈夫だけど……自分でやっておいて言うなよ」
「だって、ゆーちゃん元気ないんだもんー」
 少しだけ顔をしょんぼりさせるはるねぇ。どうやら俺のことを心配してたらしい。
 俺は溜め息一つついて、はるねぇの頭を撫でる。その光景はどう見ても、兄と妹にしか見えないだろう。
「ちょっとー二人でいちゃいちゃしないでよー」
「まったくだ、羨ましいぞ川島! 自重しろ自重!」
「お前がしろ」
「あはは、ゆーちゃんと会長って仲いいねー」
「待てはるねぇ、その発言は聞き捨てならない」
「もちろんです榛奈さん! ということで是非、結城君を私にくださひでぶっ!」
 痛恨。俺の裏拳が生徒会長の腹部に炸裂する。

「ははは、皆仲がいいなー」
 運転席からの声。ここで立秋さんが会話に参加してくる。
「いやー、僕もちょっと前まではあんな感じだったんだけどねぇ」
「えーーー」
「ははは、ホントだって榛奈。何その不満満々な声」
「立秋さん、いつまでも過去ばかり悔やんでないで前に進みましょうよ」
「ははは、言ってくれるねー結城君。 自分達は上手くいってるからって……(ボソリ)」
「プラス思考ですよ、お兄さん」
「ははは、千鳥さんまで」
「その気持ちよく分かりますお兄様! めげずに頑張って下さい!」
「ははは、なんか同情までされちゃったよ。ははは……」
 少しだけ声のトーンが下がる立秋さん。そんな中でも会話ははずんでいく。
 車内には三つの笑い声と、一つの騒ぎ声と、そしてもう一つの苦笑いがひろがっていた。

 朝の静けさを振り払うように、一台の車が田舎道を走る。
 その車からの笑い声は、時が経つほど次第に大きくなっていった。
 車は走る。皆を乗せて。
 ビルの建ち並ぶ日本の首都へと向かって、進んで行くのだった。



 八月二十九日。夏の終わりを感じさせないほど暑く、陽射しの強い日。

 今日俺達は、東京へ行く。





 *  *  *  *  *





 液晶画面の前の皆さん、こんにちは。夜だったなら、こんばんは。
 今日は折角の休日(平日だけど夏季休暇)だというのに、俺は朝から車を運転している。
 そんな俺の名前は『溝口春樹』。一応、社会人やってます。

「溝口さーん、あとどれくらいで着くの?」
 後ろの座席から、紅色の髪をした娘が俺に質問をした。
 眠そうな顔をして、じっとこちらを見つめてくる。
「まだ出発したばかりだろう、大人しく待ってろ」
「ふぁーい……」
 あくびと返事を同時する。そのまま、この娘『神明みのり』は車内に横になった。

 もう一度言う。今日は折角の休日なのだ。
 だから今日はゆっくりと休みたかった。一昨日、山へ雪を見に行ったばかりで、まだ疲れも残ってる。
 しかも明後日、栃木県に住んでるみのりの友人の学校祭があるらしい。それに俺も行くことになった。
 流石に今日は休みたい。久々に、家でゆっくりドラ●エでもしていたい。
 けれども今俺が握っているのは、ゲームのコントローラーではなく車のハンドルだ。
 一体何故こんなことに……。まぁ、その理由は極単純なのだけども。





 時は遡ること一日前。つまり昨日。

 俺は三日前から夏季休暇ということで、ひとまず実家に帰ることにした。
 久々の両親との再会。俺は思わず抱きついた。……嘘です。
 俺が実家でくつろいでる頃、両親はなんとプレゼントをくれた。
 別に今日が誕生日というわけではない。両親が言うには感謝の気持ち
 それ≠貰った俺は唖然とした。そのプレゼントとは――


 車。(ボロ)


「感謝の気持ちって……正直に要らんからあげると言えよ」
「いやいや、感謝の気持ちだって」
 なんだかんだで言いくるめられ、俺は生涯初の車(中古)を手に入れたのであった。
 まぁ文句は言いつつも、タダで車が手に入ったというのだからいい話である。
 例え、その車がなかなかのオンボロで、ブレーキすらヤバイとしても。
 ちなみに俺は車は持ってなかったが、免許なら持っている。よって運転はできる。
 つまり折紙のツルの折り方は知ってたけど、実際に折った事はないみたいなものだ。え、違う?

 俺はプレゼントを受け取った後、独り……いや一人でドライブに行った。
 免許は持ってるが車になんて全く乗ってないわけで、運転に慣れようという意識だった。
 そして、皮肉にも事件は始まるのである。


「……遅い……」
 俺の前を走行している車が、妙にゆっくりしているのだ。
 その車の前にも車があり、さらにその前にも車が並び、どこまでも続いている。
「夏休みだから渋滞してるのか……?」
 最初はそう思ったが、毎年この道路は渋滞なんて起こさない。
 それに遅いのはこの道路だけだし、車の間隔はあいている。どうもおかしい。
 だんだんとイライラしてきた俺は、一つの決断を下した。

「……よし、行くか……!」
 俺は溜め込んだストレスをぶつけるように、アクセルを強めに踏む。
 車は一気にスピードを増し、前の車を横から追い抜かしていく。
 三、四台抜かした後、俺はその間に入っていった。
「よしゃー、って……」
 しかし、まだ前に車は並んでいた。俺は再びアクセルを踏む。
 さらに数台抜かすけれども、またまた前方には鉄の壁。
「ふん……いいだろう、最後まで勝負してやる!」
 夏季休暇ということで浮れていたのか、俺は完全に調子に乗った。
 気分はもはや一流レーサー。たかが時速八十キロが、今では光速に思えてきた。
「GoGoGoGo!!」
 また一台、またまた一台。前方を走るノロマな亀どもを次々を追い抜かしていく。
 そんなことをしてるうちに、残す車はあと一台。このプチ渋滞の原因だ。
「溝口選手、ゴールまであと一台となりました!」
 いい年して一人で勝手に実況しつつ、俺はアクセルにさらに力を加えた。
 車はさらにスピードを上げ、最後の車に迫っていく。
 目標への距離は、あと五m……三m……一m……!

「よっしゃー! ゴールイン!!」
 最後の車を抜かし、俺は車内で小さく叫んだ。
 思わず天に向かって拳を掲げる。それは勝利を意味していた。
 脳内では最早、優勝レーサーへのインタビューが展開されている。

 俺は後ろを振り向いた。最後に抜かした車を一目見ようと思ったのだ。
 相手の運転手と目が合う。
 俺はそこで、初めて自分の犯した過ちに気が付いた。

 瞬間、俺の体は凍りつく。

 もっと落ち着いていれば……。そんな後悔より、眼前の恐怖のほうが大きかった。

 動けない。声がでない。目の前の現実から、目をそらすことすらままならない。

 冷や汗が、頬を伝わり手首へと落ちていった。



 最後に抜かしたその車は、パトカーだった。





 そんなこんなで、警察署へ罰金を払いに行かねばならなくなった俺である。
 あまりの衝撃にみのりにメールで連絡する。帰ってきた言葉は――

『溝口さん車貰ったの? 明日東京に連れてって!』

 …………。
 みのり、お前は疲れというものを知らんのか。というか今実家だし。
 断るに断れず、一応両親に聞いてみたところ……
「いいよ、行っといでー」
「いいのかよ!」
 あっさり許可を得てしまい、晴れて俺は不自由の身に。
 とまぁこんな感じで、今回俺達は東京へ行くことになったのである。
 今日は実家を出てから警察署に行き、みのりを迎えに行き、そしてこれから日本の首都へと向かうわけだ。
 俺が断ればいい話なのだが、相手がみのりだとどうにも逆らえな―――


「ちょ、溝口さん! 前前!!」
「え……おおぉぉおおぉおおお!!?」
 気が付けば目の前には、赤く煌く信号が立っていた。
 俺は慌ててブレーキを踏むが、なんせボロい車なもので上手く止まらずそのまま突破。
 幸い歩行者は居なく、他の車も止まってくれたので事故にはならなかった。
 早朝の十字路に、タイヤの悲鳴と他人の怒声が飛び交う。
「あっぶないなー、ちょっと溝口さんー」
「す、すまないみのり。ちょっと読者の皆様に説明を……」
「読者? 溝口さん大丈夫?」
 みのりが冷ややかな視線でこっちを見てくる。頼むからやめてくれ……。
 ………って、読者って俺は一体何を言ってるんだ?

「ところでみのり、なんで急に東京へと言い出したんだ?」
「んー? えっとね、大事な用事があるからだよ」
 笑顔で言い切るみのり。いや、それは答えになってないと思うぞ。
「……急に東京だと言われて、俺もよく連れてくよなぁ」
「ん? 何か言ったー?」
「なんでもないー」
 俺は車の運転に意識を集中させる。
 ボーっとしてると、また先程のようなことになりかねない。
 眼前にはまた赤信号。俺は止まることを祈りながらブレーキを踏んだ。

 正直言って、俺は気に入っているんだと思う。
 俺とみのりの、この明らかに間違った上下関係ですら。
 何しに行くのか全くわからない。不安要素は盛りだくさんだ。
 けど、みのりのワクワクしている顔を見てたら、不安はいつの間にか消えていた。

 気付けば、青信号になっていた。俺は静かにアクセルを踏む。
 キシキシと悲鳴をあげながら、オンボロ中古車は日本の首都へと向かっていった。



 八月二十九日。雪を見に行ってから二日後、学祭の二日前。

 今日俺達は、東京へ行く。





 *  *  *  *  *





 建ち並ぶビル。コンクリートの大地。響きわたる鉄の声。
 星野とは明らかに違う、無機物のまじった空気。
 ぞろぞろと進む歩行者は、まるで群がる蟻のよう。
 見上げた空は狭く小さく、そしてとても高かった。

 三年ぶりの景色が、そこにはあった。


「やっと着いたねー」
 はるねぇが嬉しそうに外に出る。橙色の髪が、風に吹かれて小さくなびく。
 車に揺られて約二時間、俺達はようやく東京に着いた。
「うお、暑っ……」
 車から降りれば、強烈な陽射しが俺に向かって降り注いできた。
 俺は思わず手で顔を隠す。腕に陽射しの熱が染み込んできた。
 八月二十九日。本日の最高気温はなんと三十二度。いわゆる真夏日である。
 今日は絶好のプール日和だな、と心の隅で僅かに思う。
「それでは僕はこの辺で。帰りは電車でいいんだね?」
「はい、忙しいのにわざわざありがとうございます」
 立秋さんにお礼を言う。乗客のいなくなった車は、そのまま星野へと帰っていった。

「イヤーー! 青い海、ではないけど! 白い雲、ではないけど! ようやく東京にご到着だー!」
「少し黙っててくれ」
 街中だというのに叫ぶ馬鹿。普段の三割増のテンションが、やたら俺の気に障った。
「で、まずはどこに行く? 榛奈」
「んー……」
 千鳥さんの質問に、首を傾げながら悩むはるねぇ。返答までには暫くかかった。
「カラオケ行こっか」
「早速メインか」
 文句を言いつつ、俺はカラオケ店の位置を脳内に浮かべる。
 物珍しそうに辺りを見渡す三人を引き連れ、俺は目的地へと進んで行った。


 俺達は、東京へやってきた。










 視線を感じる。何処からか、俺達はじっと見つめられている。
 とても熱い視線を感じる。容赦のない眼差しが、俺達に降り注ぐ。

「あづーーー……」
 俺は唸りながらコーラを飲み干す。残った空き缶をゴミ箱に投げ入れた。
 今さっき水分補給したばかりだというのに、未だ咽は飽きずに渇きをうったえてくる。

 視線を感じる。何処からか、いや正確には空の上から、俺達はじっと見つめられている。
 とても暑い眼差しが、容赦なくコンクリートの大地を灼熱に照らしている。

「あんま暑い暑い言わないでよ溝口さん、こっちまで暑くなる……」
 パタパタと手を仰ぐみのり。額には一筋の汗が見られる。
 なんとか東京に着いた俺達だが、夏の終わりの真夏日っさに正直参っていた。
 建物や人が多いため、余計に蒸し暑く感じる。まるで夏の車内のようだ。
 いくらなんでも頑張りすぎだろ太陽。もう八月末なんだし、そろそろ休んだらどうだ太陽。
 地球温暖化だし、お前も夏季休暇くらいとったらどうだ太陽。……何とか言えよ太陽。

「……で、一体何をするんだ? みのり」
「え? うん、そうだなー」
 そんな俺の質問に、みのりは手を組んで考える。
 一分間くらい悩んだ後、ようやくみのりの口が開く。
「カラオケ行こうよ」
「…………へ?」
 満面の笑顔で答えるみのり。ワクワクの感情が伝わってくる。
 紅色の髪が、風に吹かれてなびいていた。
「それじゃ、さっさと行こうよ溝口さん!」
 みのりは俺の手をひいて、早歩きで引っ張り出した。
「ちょ、ちょっと待てみのり。俺今、足が筋肉痛なのだが……」
 俺は一昨日の山登りで、両足筋肉痛で大変だった。正直、階段の上り下りさえ辛い。
 だがそんな俺の言葉には耳も傾けず、気にせずみのりは俺を引っ張って行く。
 みのりに振り回される現状と、自分だけ筋肉痛という二つの理由で、俺はなんだか情けなくなってきた。

 こうして、俺とみのりのプチデート(?)は始まるのだった。





 *  *  *  *  *





「どんな時でも、想うは思い出♪ 町の上に、涙(しずく)が落ちる〜♪」

 声が響く。音がひろがる。はるねぇが例の歌を歌っている。
 俺達は早速、本日のメインであるカラオケに来ているわけだ。
 正直、あまり歌は上手くないはるねぇ。しかし歌に込めた想いは鉄より重い。
 小さい一つの部屋の中に、ついこの前まで消えていた声が響きわたる。

「今日も見えるかな……♪ わたしの、未来星……♪」

 約三分の歌を精一杯歌い終え、何かをやり遂げたという顔をするはるねぇ。
 そして、四人みんながテレビ画面に注目する。その全員に、緊張の表情が見れる。
 直後、二桁の数字が画面に表示された。


 はるねぇの想いは、どうやら機械相手には通じなかったようだ。


「俺、カラオケで四十点以下でるの初めて見たわ……」
「うるさーい! それじゃ次はゆーちゃんが歌ってよー!」
「そうね、弟君の歌も聞いてみたいし」
「よし行け川島! ちなみに俺ともデュエットも可」
「えー、仕方ないなぁ……」
 しぶしぶ言いながらもマイクを取る。
 流れ出す音楽と共に、俺はそのまま歌い始めた。


 その後、俺は自己最高記録の九十点を叩きだした。
 なんだかおでこが妙に痛い。別にはるねぇに叩かれたわけじゃないよ。
「まだまだあまいぞ川島ぁ! お前の尻にはキューリでも刺さってるか!」
「醤油一リットル飲んで死んでしまえ」
「よし、ということで次は我輩が歌おうじゃないか! もちろん川島とデュエットで」
「断る」
 光速でお誘いを断られ、ションボリしながら次の曲をいれる生徒会長。
 ようやく落ち着いたかと思えば、次の瞬間にはマイクを持ってノリノリにリズムをとっている。
 その姿は、なんだか思わずドロップキックを決めたくなるほどだった。
「えーでは、一番生徒会長、歌います!」
「誰かこいつを止めてくれ……」


 その後、誰もが目を疑った。

 テレビの画面には、なんと三桁の数字が表示されていたのだ。


「…………は?」
「満点」
「…………え?」
「満点」
「…………え、何ドッキリ?」
「何を言ってるんだ川島」
「うわぁー、生徒会長すごいねー!」
「うーん、人は見かけによらないものね」
「フハハ、どうだ参ったか川島!」
「てか、歌った曲がアニメソングじゃなかったら素直に尊敬するのだが」
「なんだ、アニメじゃない曲がいいのか?」
「え、歌えるのか?」
「失敬な、しっかりと耳の穴こじ開けて聞きたまえよ!」


「アニメじゃない♪ アニメじゃない♪ ホントのこゲハッ!」

 八月の東京。俺の渾身の力をこめたドロップキックが、見事すぎるほど炸裂するのだった。










 そんな隣の部屋でのこと。

「東京へは♪ もう何度も行きましたね〜♪ キミの咲く♪ 花の都〜♪」
「……溝口さん、歌う曲古すぎ」
 歌ってる曲にいきなり文句を言われた。こんな悲しいことはない。
 俺は今、みのりに無理矢理引っ張られ、そこらにあったカラオケ店いる。
 人が折角歌っているのに、まさか曲そのものにケチつけられるとは……しかし反論できない。
「溝口さん、もっと最近の曲知らないの?」
「自慢じゃないが、俺は昭和の曲しか歌えんぞ」
「それはむしろ自慢できるよ……。というか、昭和って溝口さんの世代から見ても古いじゃん!」
「えーいうるさい! 誰が何と言おうと歌は昭和だ! 吉田●郎万歳!!」
 猛る俺に、みのりが哀れみの視線を送ってくる。なんだ、俺はそんなに可哀想なのか?

 そんな言い合いが終わった後、次はみのりが歌う番。
 ところがみのりは、あろうことか昭和の歌を入れ始めた。そして、俺に向かって笑顔で一言。


「一緒に歌おう?」


 俺はマイクを、汗とともに握り締める。そしてゆっくり立ち上がる。
 東京のあるカラオケ店で、若い男と女子高生は、二人で人間なんてララララしていた。


 ちなみにこの後みのりは、俺でも知ってる『森のくまさん』を歌ってみせた。
 相変わらず、あいつの選曲のセンスは凄いと思う。色んな意味で。





 *  *  *  *  *





 ゆき『喰らえぇぇ必殺! ま・ぢ・か・る! どろっぷきぃぃぃっくぅぅーーーー!!』

 敵『グワハァァァァッ!!!』


 そこらで買った魔法のツナ缶を開いてみればあら不思議。
 溢れ出すサラダ油の香りとともに、なんとまぢかる☆ゆきちゃん≠ノ大変身☆

 魔法の力で悪の軍団、怪人ニョッカーどもを皆殺しにします!
 今日も谷一つ吹っ飛ばすまぢかるどろっぷきっく≠ェ、敵さんをアジトごと消し飛ばす☆

 お子様にはちょっぴり酷なスプラッタムービーだけど、笑顔でフォロー無修正上映♪
 会場に五月蝿く響く餓鬼どもの泣き声も、敵の断末魔で掻き消しちゃう☆
 貴方のハートにトラウマを強制プログイン♪
 デッドリーエンジェルまぢかる☆ゆきちゃん′サ在進行形で上映中☆





「なんだこの映画………」
 俺はあまりの衝撃に、ただ言葉を失っていた。
 超ハイテンションで繰り広げられるその映画は、笑顔で血塗れ画像を上映しまくっていた。

 俺達は今、映画を見ている。
 たまたま映画館によってみたところ、ちょうどいいタイミングでこれ≠ェ見れたからだ。
 俺と千鳥さんが目を丸くしている横で、はるねぇと馬鹿は目をキラキラ輝かせている。……面白いのか、これ?
 会場内には爆音と、子供達の泣き声と、そして敵の断末魔が響き渡っている。





 ????『魔法少女め、まさかアジトごと破壊しようとは……』
 ゆき『その声は! とうとう姿を曝け出したなこの白衣フェチ!!』

 死体と瓦礫の山から出てきたその男は、四角メガネをかけて白衣を着用していた。
 そう、コイツこそがニョッカー軍団の幹部、まっどさいえんすどくたぁ白衣フェチ=I!
 愛用の白衣はいつも同じに見えるけど、まだ家に五十着ほど溜め込んでるという噂だ! 気持ちわるっ!

 ゆき『やいこの変態! お前の目的はなんなんだぁー!?』
 白衣『決まっておろう! 全世界の理科教師に、白衣着用を義務付けさせることだ! 白衣万歳!!』

 両手を振り上げマンセーのポーズをとる白衣フェチ。
 ほんの一瞬だけ時が止まってしまったぜぃ!

 白衣『そのために、今日こそ貴様を倒すぞ魔法少女!!』
 ゆき『全く意味がわからんけど、とりあえず先手必勝! 逝け我が奴隷、マーメイドはるか!!』
 はるか『誰が奴隷だっ!』
 ゆき『殺れ、はるか! 十万ボルトーー!!』
 はるか『できるかぁ!! せめてハイドロポンプで!』

 毎度おなじみなツッコミを決めながらも、変態に向かってフルスピード突進していくはるか。
 すると、白衣フェチがポケットから何かを取り出した。まさか、アレは……!!

 白衣『ふん、魔法少女の付属品娘はこれでも食べてなさい!』
 はるか『あ、アレは……超絶最高級特上ドラ焼きこの夏限りの限定版!!』

 そんなはちゃめちゃな名称のドラ焼きを投げ捨てる変態。
 間髪いれずに、はるかが光の如くそれを拾ってモグモグし始めた。
 はるか! 落ちたもの食べてはいけないんだぞ!

 白衣『しかし! そのドラ焼きの六割はダンボールで出来ている!!』
 はるか『にぐまぁぁん!!』

 しっかりと食べちゃったために、悲鳴をあげ吐血しながら倒れるはるか。
 白衣フェチは、はるかの尻尾部分を掴んで持ち上げた。

 白衣『フハハハハ!! この魚が人質だ! 大人しくしてろよ魔法少女!!』
 ゆき『はるかーーー!! 今楽にしてやる!! まぢかる火炎放射ぁぁぁーーーっ!!!』


 はるか&白衣『『ヒギャーーーーーーー!!!!』』


 地獄の業火が二人をとことん焼き尽くしちゃう☆
 ハハハハ、これで今日の夕飯は焼き魚で決まりだぜぃ!!

 白衣『くそぉ! まさか人質ごと焼くなんて……!!』
 ゆき『まだ息があったかぁ!! 再び必殺どろっぷきっくぅぅぅーーー!!!』

 火炎を浴びながらも平然と立っている変態に、容赦なく追撃を喰らわしちゃう☆
 しかし瞬間、鈍い金属音が響く。なんと白衣フェチは、必殺技を受けながらも未だ無傷だった。

 ゆき『バカな!! 山一つ消し飛ばすどろっぷきっくが効かない!?』
 白衣『フハハハハ……私の着ているコレ≠ヘ普通の白衣ではない!
    絶対無敵の防護服しるばぁ白衣=I! 貴様の攻撃など全く無意味なのだよ!!』
 ゆき『な、なんだってーーー!!?』
 白衣『終わりだっ! 奥義! メガ(ネ)・レーザァァァァァ!!!』

 敵のメガネから出た光線が、私目掛けて飛んで来る。
 しまった、殺られる……!! しかし、レーザーが直撃しようとするその時―――!!


 ガキィィィン!!


 黒服黒髪の女の子が、レーザーをめちゃ長い刀でなぎ払う。
 そう、多分皆知っている、我らがまぢかる☆たなちゃん≠セ!!
 その手に握るまぢかる直刀≠ヘ、ぶっちゃけ長すぎて結構使いにくそうだ!

 たな『ゆき、助けに来たッス!』
 ゆき『おぉーーー、たな! 二人揃えばもう恐いものなんか無いぜーー!!』
 白衣『フン、邪魔を……。しかし、何人集まろうともしるばぁ白衣≠フ前に敵はありません!』
 ゆき『そんなことないよ! 私達の友情パワーってね、核ミサイルよりも強いんだよ?
    というわけで! ま・ぢ・か・る☆核ミサイルゥゥゥーーーーーー!!!!』


 白衣『ちょ、おま……ギャピィィィィーーーーーーーーーー!!!!』

 ズゴォォォォォン………!!!!


 轟く爆音。吹き渡る熱風。できあがる巨大キノコ。美味そうだなぁ〜。
 一瞬にして瓦礫の海と化した街の中、そこには私とたなだけが立っていた。

 ゆき『貴様様の消滅に感謝しまくりますっ!! これが我らの友情パワーだぁぁぁ!!!』
 たな『私は何もしてないスけどね』
 ゆき『この技は案外危険です。良い子も悪い子もお前らも、決してマネしちゃ、ダ・メ・だ・ぞ☆』

 ナレーター『かくして、まぢかる☆ゆきちゃんの活躍によって、敵は滅び街の平和は守られた!
       ありがとうゆきちゃん! しかし、これからもまだまだ手強い敵が待ってるに違いない!
       頑張れゆきちゃん! 負けるなゆきちゃん! あ、ついでにたなちゃんもファイト!!』





 カーテンフォール。
 映画が静かに、いやとても騒がしく終わってゆく。


「なんて核兵器の悲惨さが伝わるアニメなんだ………」










「オイ、みのり……」
「ん、何? 溝口さん?」
 何食わぬ顔で、平然とこちらを見てくるみのり。
 今俺達は、みのりが見たいということでまじかる☆ゆきちゃん≠ニいう映画を見ていたところだ。
「お前、こんなのが好きなのか……?」
「…………。今は後悔してる」
「………」
「………」


 ナレーター『最後に、このアニメには暴力シーンやグロテスクな表現が含まれています。
       小さいお子様のご観賞には十分ご注意ください』


「「最初に言えよっ!」」

 館内のざわめきに、二人のツッコミが小さくまじる。





 *  *  *  *  *





「あー面白かった〜」
「はるねぇ……正気か?」
 無茶苦茶すぎる映画を観終わり、映画館から出る俺達。あの衝撃は、当分忘れられそうにない。
「さて、次はどこへ行くつもりなの? 榛奈」
「え〜と、次は……」

 ぐぅ〜

 次の言葉にうつる瞬間、はるねぇの腹部からベルが鳴る。腹時計のベルだ。
 突如、空腹感が俺達を襲う。腕時計を見れば、もう一時近かった。

「…………。なんか食べよっか」
「賛成」
「意義なーし」
「行きましょう!」
 満場一致で、俺達は近くの食堂目指して歩いて行った。
 太陽が真上に昇っている。強すぎる陽射しが、俺達の肌に染み込んでいく。



「んー、んじゃあたしはブルーハワイ・レッドエキス・スパゲティ≠ノするわー」
「よし、ならば俺は哀と憂気の牛丼定職2003年代もの=Aキミに決めたっ!」
 メニューとにらめっこをしながら、皆は次々と注文していく。
 どれもネーミングセンスが妙なのは多分気のせいだ。うん。
「それじゃ私はカレー風ハヤシライスのようなシチュー≠ニ……あとレモン牛乳」
「はるねぇ、レモン牛乳があるわけないだろう」
「いや書いてあるよ、レモン牛乳」
「え?」
 メニューには、しっかりレモン牛乳が表記されている。何でもありだなもう。

 さて、俺だけ一向に注文が決まらない。
 というか、どれもこれも危ないネーミングで、とても選べそうにはなかった。
「ゆーちゃん、まだ決まらないの?」
「んー悪い、はるねぇが選んでくれないか?」
 この発言が失敗だった。急に、はるねぇは奇妙な笑みを浮かべ始める。
「それじゃ、この市長のおすすめ≠チていうの頼んでみてよー」
「え………」
 はるねぇが選んだのは、よりのもよって俺的第一級要注意メニュー。怪しい雰囲気が漂いまくりだ。
 俺以外の三人が、ものすごく何かを期待しながらこちらをじっと見つめてくる。
「あの……はるねぇ、ちょっとそれは……」
 ドギマギする俺に対して、はるねぇは笑顔で一言。

「お姉ちゃん命令だよ」
「…………」

 ……やられた。こうなってしまっては、もう俺は逃れることはできない。
 俺に残された選択肢は『食うか、食われるか』の二つに一つだ。
 ゆっくりと深呼吸をし、覚悟を決める。
 俺は震える声で、たった七文字のメニューを読み上げた。



「お待ちどう様ー。市長のおすすめ、サーロインステーキピラフです!」
「バカな……普通だと!?」
「普通ねぇ」
「普通だよ、ゆーちゃん!」

 ―――普通だった。










 灼熱の陽射しを避けるように、木陰の下に居座る二人。
 その手元には、まるで理想の形を表したかのような弁当がひろがっている。
「美味しい? 溝口さん」
「最高」
 みのりはとても嬉しそうに微笑む。平和な昼食の情景がそこにはあった。
「にしても、まさか弁当まて用意してあるとは思わなかったな」
「えへへー」
「流石、用意周到なみのりだ。いい忍者になれるぞ」
「えへへー」
 そこはつっこんでほしかったと心の中で呟きながらも、手に持つ箸は卵焼きを捕らえる。
 目の前にある弁当はいつもの如く豪華で、今回はリンゴウサギまであるときた。
 みのりと喋りながらも、次々と箸はすすんでいく。

「……みのり」
「ん、何?」
「今回は『ハイ、あーん』やらないのか?」
「なっ……や、やるわけないじゃん! もう……」
 激しく赤面するみのり。そんなみのりを見て楽しむ俺。
 こんなことできるチャンスも少ないので十分に楽しんでおく。ホント飽きないな、俺も。
「なら今度は俺がやってやろうか」
「え、えぇぇぇ!!?」
 髪の色なみに真赤になっていく。ヤバイ、顔のにやけを隠しきれない。
「冗談だ、冗談」
「う、うぅ〜〜……」
 みのりは悔しそうに唸りだす。後に、俺は軽く叩かれた。

「ところでみのり、おにぎり三つあるけど中身は何だ?」
「あ〜、えーとね……」
 すっかり普段の状態に戻ったみのりは、俺の前におにぎりを三つ横に並べだした。
「このうちの二つがシーチキンで、あとの一つはレバニラだよ」

 吹いた。

「ちょっと待て、何故おにぎりにレバニラが……!?」
「溝口さんのレバニラ嫌いを治すためだよ」
「食べず嫌いではなかったことは証明されたろ!」
「嫌いなものだって食べ続ければ好きになるってー。嫌よ嫌よも好きのうち!」
「微妙に意味違うし! というか、何故そこしてまでレバニラ嫌いを治さないといけないんだ!?」
「知るかーーー!!」
「知らないのかーーーーー!!!」


 ちなみにその後、俺は見事シーチキン二つを引き当てた。





 *  *  *  *  *





 狭く小さい箱の世界、そこに転がるは宝の山。

 目を凝らし、目標を捕捉する。

 俺はこの神の手≠使い、コレを捕縛しなければならない。

 タイミングはほんの一瞬。チャンスはたった一度だけ。

「………今だっ!」



 ウィ〜〜〜ン

 ―――ガチャコン


「うっわ、また失敗だ……」
「惜しいねー」
 任務失敗。うなだれる二人。
 向こう側では、千鳥さんはレーシングに、馬鹿はワニ叩きに熱中していた。
 そう、俺達は今、ゲームセンターにてクレーンゲームをやっている。
 理由は単純、ゲーセンを見かけたので入り、はるねぇがやりたいと言うからクレーンをやっている。
 ちなみに目標物は先程の映画の人形。『取らないと家燃やすぞ!』って……脅迫だろ、これ。
「ゆーちゃん、もう一回だけー」
「ダメだ」
 乏しくなった財布の中身を見る。これ以上使うのは不味い、色々と。
 駄々をこねるはるねぇを宥め、俺はクレーンから離れようとした、その時だ。

「あらー、結局取れなかったのー?」
 正面から千鳥さんがやってきた。どうやらレースには飽きたらしい。
「仕方ないわねー、あたしが取ってあげるわよ」
 そう言うと、千鳥さんはクレーンへ向かい軍資金を投入する。
「あの……千鳥さん、無理しなくていいで――」
「ほいっ」
 俺が言葉を言い終わる前に、千鳥さんは俺に何かを投げつけてくる。
 それは、はるねぇの望む例の目標物だった。
「うわー。え、これ千鳥が取った……の?」
 驚いたはるねぇが話し掛けるも、千鳥さんはすでにクレーンに夢中になっていた。
「んー、クレーンの握力は弱いけど輪ッカにひっかければ問題ないし……この魚は軽そうだし叩き落せばOKね」
 何かブツブツと独り言をしながらも、次々と対象を捕縛していく千鳥さん。
「ち、千鳥すごーい」
「クレーンゲームのプロだ………」
 数分後には、はるねぇの手元には大量の宝物があった。


 ………オチはない。










 状況はシンプルだ。俺達は、とあるデパートに来ている。
 その理由も「みのりが行きたがってたから」の一言で説明できる。
 どうやら、今回東京に来た本来の目的が此処にあるらしい。詳しくは知らないけども。
 当の本人はここに着いた早々、俺を置いてどこかへ行ってしまった。
 俺は仕方なく、そこらの商品を黙々と見歩いているわけだ。……あぁ暇だ。
 向こうには、ちょうどよくベッド(商品です)が置いてある。あそこで寝よっかな〜、なんてことを考えてると――

「溝口さーん、お待たせ〜」
 来た。ベッドとは逆方向から、小走りで向かってくる。
「で、一体何だったんだ?」
「ん? あー、これこれ〜」
 みのりは手に握っている何かを見せてきた。これは……携帯クリーナー?
「おかげ様で手に入ったよー」
 嬉しそうにピースするみのり。そして三秒ほど硬直する俺。
「……俺はそんなもののために東京まで来たのか」
「そんなものなんかじゃないよ! これ期間限定だし、ここにしか売ってないし!」
「…………」
「…………」


 ………オチも何もない。





 *  *  *  *  *





「ゆーちゃん、カブトムシ売ってるよー」
「あー、夏だからな」
 はるねぇはまるで子供のように、カゴの中に入れられたカブトムシを観察してる。
 俺達は今、そこらにあったデパートに来ている。冷房がきいていて大分涼しい。
「あ、扇風機が安い。うちの今壊れてるのよねぇ」
「川島ぁ! 見ろ、本がゴミのようだ!」
 うろうろと辺りを見歩く三人。こんな大きいデパートに来るのは久々らしい。

「はるねぇ。あんまお金使うなよ、もう少ないんだから」
「はーい」
 相変わらず、どちらが年上だか分からないようなやりとりしながら、俺とはるねぇはうろつき歩く。
 ホントにいろいろ売っている。小さい鳩の玩具とか、今時に昴(歌)のCDとか、赤いぬいぐるみとか……。
 ………ってオイ、この赤いぬいぐるみ、どう見てもムッ●だろ! 『赤い人』じゃないよ!
「ゆーちゃん、どうかしたの?」
「あ、いや何でもない……」
 規制のかかった目でこちらを見てくる著作権違法物体。大丈夫か、これ?


 皆一通り買い物を終え(俺は何も買ってないけど)、とりあえずデパートを出る。
 空を見上げれば、もう日が沈み始めていた。時計の短針は五の数を指している。
 そろそろ帰ることを皆で合意し、俺達は駅へと歩いて行った。


 太陽が、沈んでいく。










 ―――負けられない。

 俺の心にあるのは、ただその一言だけ。

 目を開く。全ての意識を眼前の物事に集中させ、研ぎ澄ました。

 ……見切った! 襲い掛かる敵の攻撃を、宙を舞う鳥のように華麗にかわす。

 俺は一気に間合いをつめる。そして、叫んだ。


「いくぜみのり! 奥義、昇ぉぉ龍ぅぅ剣ぇぇぇん!!!」
 そう、それはまるで天に昇る龍の如く。
 太陽目掛けて突き出した我が刀剣は、強力な円状の衝撃波を生み出した。
「あまいね溝口さん。 隠しコマンド、ABBAAB→→←!!」
「うぐおぉっ!!」
 その絶叫は戦いの決着を合図していた。
 みのりのカウンターが見事に決まる。同時に、俺のライフは血の色に染まった。
 全身を劣等感と情けなさが駆け巡る。これが敗北か……。
「まだまだだね、溝口さん♪」
 決闘終了後、みのりは悪意たっぷりの笑みを浮かべる。
 再び敗北感が全身を駆け巡る。行き場のない感情を、俺はゲーム機にあてた。

 みのりの本来の目的を終えた俺達は、対戦ゲームに熱中している。
 帰るにはまだ時間が少し余っているので、最後にゲームセンターに来ているのだ。
 本当はクレーンがやりたかったのだが、その中身は虫食い状態と化していた。達人でも来たのだろうか。


「ねぇねぇ溝口さん、次はアレやろうよ〜」
「ん、どれだ?」
 落ち込む俺を慰めながら、どうやら次の標的を発見したみのり。
 その指の先には、某テレビでもやってたりするアレ、エアホッケーがあった。
 温泉と言えば卓球ならば、ゲーセンと言えばエアホッケーだろう。多分。
「フ、いいだろう。さっきのリベンジをしてやる!」
「アハハ、無理無理〜」
 ホント、こいつは笑顔で酷いことを言ってくる。しかし、俺をあまく見るのもこれまでだ。
 エアホッケーには自信がある。昔、友人達からは『ホッケーのぐっちー』と呼ばれてたりそうでなかったり。

「んじゃいくよー、よいしょっと……」
「どりゃぁ!!」
 俺の反撃が電光石火の如く決まる。ガシャンと音をたて、パック(円盤)がみのりのゴール内に落ちた。
「溝口さん、いきなりそんな本気ださなくても……しかも女の子相手に」
「百獣の王は兎を狩るのにも全力を出すのさ、みのり」
「ふーん、ならこっちも本気でいくよー?」
「望むところだ!」
 マレット(器具)を強く握り、再び意識を集中させる。
 俺とみのりの、お互いのプライドをかけた最終決戦が始まった。

「……っく! なかなかやるな、みのり」
「溝口さんこそ、まさかここまでできるとは思わなかったよ!」
 運動エネルギーを加えられ続けるパック。ショワンショワンと鳴り響く効果音。繰り広げられる熱戦。
 その戦いは至極接戦で、今では同点状態が長く続いていた。
 ―――これだけは負けられない! 俺の心内には、緊張感が次第に募ってきた。
 なんて緊張感だろう。ここまで緊張したのは、高校時代に初めて授業をサボった時以来だ。
「さぁ、そろそろ決めるぞ!」
 俺は高らかに宣言する。その瞬間、お互いの緊迫感は絶頂に達した。
「おっとぉ!」
「……!?」
 フルスイングする俺。しかし、マレットはパックに当たらなかった。これぞ上級テク空振り≠セ。
 みのりのリズムは急激に崩れる。俺はすかさず、渾身の力を込めてスマッシュを放った。
「しまった……!」
 リズムを崩された時に打ち込まれ、慌ててしまうみのり。
 軽くパニックになったみのりは、反射的にマレットを思いっきり振る。
「え、えい!」


 スコーン!!


「あ………」
 振ったマレットは偶然パックに当たり、勢いあまって俺の額に直撃した。


 結局、俺は倒れてそのまま時間終了。勝負は引き分けに終わった。


「大丈夫? 溝口さん」
「……大丈夫じゃない」
 みのりはなんだか申し訳なさそうに、俺に謝りだす。
 俺はそんなみのりの頭を撫でるだけだった。髪触りが妙に気持ちいい。
 暫くして、もう日が暮れることに気付いた二人は、出口に向かって歩いて行く。

 ガヤガヤワイワイと賑やかすぎる、そんな東京のゲームセンターの中。
 そんな中でも俺は、一日が過ぎていくこの何ともいえない感情を、はっきりと感じていた。


 日が、暮れていく。





 *  *  *  *  *





 日が沈む。

 ただそれだけのことなのに、この妙な感情は何だろう。
 あれだ。夏祭りや旅行が終わる時、疲労感と共にやってくるあの感情だ。
 なんだかんだで、俺はみのりと過ごした今日≠ェとても楽しかったのだろう。

「………さて、帰るか」
「うん」

 みのりの合意を得て、俺達はオンボロ車の置いてある駐車場へと向かって行った。
 駐車代と、帰りのことが頭をよぎる。胸にあった妙な感情は、不安によって掻き消された。

 日が沈んでいく。










 一筋の風が吹く。

「わゎっ……!」
「ナイススパーーーーーッツ!!!」
「死んでくれ」
「なんだ川島、お前にはスパッツの――」
「死んでくれ」

 駅へと向かう途中の、俺と変態とのくだらないやりとり。
 スカートを押さえるはるねぇと、そんなはるねぇをからかう千鳥さん。
 こんな平和的な光景も、あともう少しで終わってしまう。
 夕焼けの帰り道。俺達は一歩ずつ、終わりへと向かって歩いていく。

 今日が、終わっていく。




 歩くこと十数分、俺達は駅の前に立っていた。
 たくさんの通行人の足音が、夕陽の下に寂しく響いている。
 時折響く電車の音は、まるで一日の終わりを静かに告げているようだ。
 あぁ……今から二時間後には、この景色が田畑と山に戻るのだろう。
 そんな妙な感情を抱きながらも、俺達は駅の中へと入ろうとした……その時だった。

「あ……ねぇ、ちょっと待って!」
 突如、皆を呼び止めるはるねぇ。三人全員の頭に疑問符が浮かぶ。
「えっと……ゆーちゃんと大事な用事があるの思い出して……。
 だから、遅くなると困るからさ、二人は先に帰っててもいいよー」
 はるねぇは半分無理矢理話を進めていく。もちろん、俺には全く覚えはない。
 俺含めた三人がはるねぇの方を見る。そして数秒間の沈黙が続いた後……。

「あー、んじゃ先に帰らせてもらうわ。悪いねー」
「ハハハ、羨ましいぞ川島! この野郎!」
 千鳥さんと生徒会長は何かを悟ったかのように、笑顔でOKの返事を出す。
 一人で困惑する俺を置いて、そのまま二人は駅の中へと進んで行った。
「じゃあね榛奈。弟君もまたね〜」
「バイバーイ千鳥〜」
「え? あ……ハイ、さようなら?」
「さらばだ榛奈さん&マイハニー!! ナイスパーーーーッツ!!!」
「還ってくれ」
「何言ってるんだ川島、今帰るとこなんだが」
「いや還ってくれ、土に」
 よくわからないまま、俺は二人と別れをすませる。
 暫くすれば、駅前には俺とみのりだけがポツンと残っていた。

「えーとはるねぇ、これは一体どういう……」
「ゆーちゃん、アレアレ!」
 俺が問う前に、はるねぇはビルの向こう側を指差し始めた。
 それ≠ヘビルによって隠れていたが、その隙間からなんとか見ることができた。
「あれは………東京タワー?」
「うん」
「…………。行きたいのか?」
「うんっ」
「……二人きりじゃないとダメなのか?」
「……うん」
 物凄くワクワクした表情を見せるはるねぇ。どうしても行きたいらしい。
 ダメだ。こうなってしまったはるねぇを、俺はもう止めることはできない。
「………仕方ない、行くか」
「うん!」

 そして俺達二人は、日本で一番巨大な赤い塔を目指して歩いて行く。
 正面にある夕陽が若干眩しい。俺は一瞬だけ目を閉じた。
 日が暮れていく。都会の空から、太陽が消えていく。
 烏がいない夕焼け空の下で、俺とはるねぇは、東京タワーに向かって進んで行く。



 今日はまだ、終わっていない。










                              To be continued...