「粉雪の後、青空の前」

  

「……ねぇ、ゆうねぇ。私はこれから、どうしたらいいんだろうね」
 もちろん、そんな質問に答えてくれるハズもなく。
 綺麗に掃除をし終えたばかりの墓石は、ただただ柔らかな光を反射しているのみだった。
 ――――“あれ”から6年が経った。“あの時”はまだ中学生だった私も、今では短大を卒業して、一応社会人になった。
「実は、お姉ちゃんが今日ね……」
 墓石に右手を添え、そっと額をくっつける。――――そうしていないと、涙が出てきそうだったから。
 やっぱり、今でも私にとって、ゆうねぇは頼れる姉だった。


「――――――楠木妹。何してるんだ?」
「ふぇっ!? って、きゃぁぁ!」
 あまりの不意打ちにびっくりして、情けない声が漏れる。ついでに慌てて振り返ろうとした拍子に足を滑らせてしまう。
「うお! っとと」
 後頭部を墓石にぶつける寸前で、頭を抱え込まれるようにして抱きとめられる。
「か、神崎さん……」
 声をかけてきたのは、お姉ちゃんとゆうねぇの元クラスメート、神崎智也さんだった。
「……危ない危ない。ったく、気を付けろよ?」
 恥ずかしいところを見られた。――――それ以前に、今のこの体勢が、すご〜く恥ずかしいような、嬉しいような……。
 瞬間的にあることないことを妄想してしまい、助けてくれた相手への第一声は、少々的外れなものになってしまった。 
「……気にしないで下さい」
「……………………分かった」
 すごく微妙な表情をしながらも、頷いてくれた辺りは流石だ。この人は相変わらず、優しい。
「ただ、姉に相談したかったんです」
「相談?」
「えぇ、今日のことで。今後、私はどうすればいいのかな、と」
 それを聞いた神崎さんは、「なるほどねぇ」と呟いた。
「神崎さんは、どう思いますか?」
 下から見上げるような形で、聞いてみる。
「そうだなぁ……。なぁ、楠木妹?」
 突然呼ばれたので、返事を……。って、思い出した。そういえば、彼にはちゃんと言ってあったはずだ。
 私はあえて返事をしないで、黙っていることにした。
「……楠木?」
「そう呼ばないで下さい」
「…………あぁ」
 どうやら思い出したようだ。
「……女性を下の名前で呼ぶのは、苦手なんだ。知ってるだろ?」
「知っています。……でも、知りません」
 見上げる彼は、「困ったなぁ」というような顔をしていたが、やがて諦めたような、悟ったような表情を浮かべた。
「…………千夏」
「はい、何ですかー?」
 笑顔の私の前で、溜め息をつく神崎さん。
「やっぱり……あいつらに似てるな、何時になっても」
「当然です。なにせあの人『達』の妹ですから」
 他愛もないこんなやり取りが、何故かすごく楽しい。思わず目の前の彼の胸に、頬擦りをしたくなるくらいに。
 ――――――――って、目の前?
「ふぇっ!? って、きゃぁぁ!」
 二度目の不意打ちにびっくりして、情けない声が漏れる。ついでに慌てて、思わず神崎さんを突き飛ばしてしまう。
「うお! っとと」
 後ろに並んでいる墓石にぶつかる寸前で、神崎さんはたたらを踏んで踏みとどまった。
「か、神崎さん……ゴメンナサイ」
「……危ない危ない。ったく、気を付けろよ」
 苦笑いを浮かべながらも、やっぱり彼は優くて。それが私には、凄くくすぐったかった。
「話が逸れちゃいましたね、なんでしたっけ?」
 コホン、と咳払いをして仕切りなおす。――――先ほどの出来事は無かった事にしてもらいたかった。
「あぁ……千夏はどうしたいんだ?」
「それは……」
 少し、沈黙。
「……前にも言ったと思うが『相談事は、相手に相談した時点でもう答えは出ている』んだ」
「……はい……」
「なら……千夏はどうしたいんだ? 何か不満でもあるのか?」
「不満だなんて……私はただ心配なだけで……」
「心配? 自分の心にまで嘘をつくのは感心しないな。本当は、わかっているんだろ?」
 ……もちろん、分かってる。分かってはいるが、解りたくなかった。認めたくなかった。

 ――――もう、私の力なんか必要ないという事を。
 ――――私の支え無しに、どこまでも歩いていけるという事を。
 ――――万一、誰かに支えて欲しくなっても、その役目は私ではないという事を。  

「――そんなの、分かってます! でも、だからどうだって言うんですか!?」
 私は神崎さんに向かって、声を荒げていた。
「わかってます。でも、怖いんです! もう『姉』を失いたくないんです! 」
 八つ当たりだとは判っていた。でも、止められなかった。
「『私のため』に心配して何が悪いんですか!?」
 ……そう、これは自分勝手な気持ち。姉を手放したくないという、子どもじみた願い。私の、我侭。
「……その思いを直接伝えてやればいいじゃないか。心配をかけさせてる元凶に」
 彼は、とても優しい声で、そう答えてくれた。
「……え?」
 考えてもみなかった言葉に、一瞬思考が停止する。
「楠木自身が答えてくれれば、千夏は心配しなくて済むんだろ? その答えがどんなものだろうとも」
「そんな事は……」
「大丈夫。だって千夏は、『コイツ』の妹でもあるんだろう?」
 そういって私の後ろを示す。
「コイツは、単純に人生を楽しんでいた。在ること成すこと、幸福も不幸も全部ひっくるめて、な」
 そう。確かに、ゆうねぇはそういう人だったのだ。だからこそ、私は今日、ここに来ていたわけで……。
「そういえば、何故神崎さんはここに?」
 そういい終わるや否や、彼の顔のまん前の空中に、手書きのようにガタガタの線で書かれた文字が浮かび上がってきた。
『千夏なら、多分ここだと思ったから』
 ――――あぁ、しまった。そういえば、さっきうっかりと始動キーを言ってたっけ。


 『TRICKS‐TRUCKS』。この力は、ひょんなことで手に入り、消え去り、そして、また戻ってきていた。
 私が、周囲のことを忘れて、ぼろぼろと笑顔で泣いた、とある日の晩。この力は以前と少しだけ形を変えて帰ってきたのだった。
 ――――頭の中で光が爆発するイメージ。一瞬で視界がまぶしい白で覆われる。意識が吹き飛び、感覚という感覚がその機能を停止する。
 そんな2度目となる感覚の中で、私は『TRICKS‐TRUCKS』と名づけたその力が、より完全な形として戻ってきたのを感じていた。
 そう。今までは有無を言わせず強制的に発動していた力が、その発動を完全にコントロール出来るようになっていたのだ。
 方法は、いたってシンプル。始動キーと終了キーをそれぞれ言葉として口にするだけで、力のONOFFの切り替えが出来るようになっていた。
 光の奔流を抜けたとき、一瞬ゆうねぇのイメージが浮かんだような気がした私は、迷わず力の始動キーを『ねぇ、ゆうねぇ。』に、終了キーを『ありがとう。』にしていた。
 ゆうねぇが『ヒントの妖精さん』になって帰ってきたんだ。そんなメルヘンチックな事をチラッと思ったりもしていた。


 だがしかし、神崎さんは本心とは違う答えを口にしていた。――――まぁ、直接本人にはいえない言葉だとは思うけど、ちょっぴり残念だと思った。
「……今日のことを、遠野に報告したくて、な」
「……ありがとう。」
 そういって私は、『TRICKS‐TRUCKS』の力をOFFにした。
 ちょっと変な返事になってしまったが、神崎さんは微笑みながら頷いてくれた。やっぱり、この人は優しい。
「それで、時間は大丈夫なのか?」
「……? って、あぁ! もうこんな時間!?」
 私は慌てて駆け出そうとして、そして、思い出したようなフリをしながら、問いかけてみた。
「そういえば、神崎さんは、行かないんですか?」
「あぁ、俺はこいつと少し話しをしてから行くとするよ」
 ……残念だなんて少しも思っていないんだから。きっと彼なら、思いついた『今日のことを、遠野に報告』ということを律儀にするに違いないんだから。
「じゃあ、また、あっちで、ですね?」
「……………………分かった」
 すごく微妙な表情をしながらも、頷いてくれた彼に満足して、私は待ち合わせの場所に行くべく、走り出した。


「千夏。15分遅刻」
「どんまい。気にしたら負けだよ? 瑞桜」
「その台詞はもう聞き飽きたよ、まったく。……本っ当、中学の頃から変わってないねぇ」
 そういいながら、しげしげと私の体を上へ下へと眺め回す。
「……っっ!! これでもそれなりに大きくなっているんだからね!」
 思わず手を胸の前で交差させて、そう答えた。瑞桜のニヤニヤした笑みが、ちょっと怖い。
「『それなり』ねぇ……。ま、具体的に『どこが』かは聞かないであげましょうかね。コアな需要もあるようだし?」
「〜〜〜〜〜〜〜。」
 強く反論できない自分の成長具合に、敗北感を感じてしまった。
「で、どうするの? もうとっくに始まっちゃってるけど」
「う〜ん。ま、しょうがないかな。ここで出てくるのを待ってるよ」
「……それでいいの?」
「うん。なんかタイミングを外しちゃったみたいだから。階段の下で待ってることにする」
 それは正直な気持ちだった。タイミングを外したのなら、次の機会に全力を尽くすのみだ。
「そっか」
「うん。……ゴメンね? 瑞桜。なんかつき合わせちゃって」
「別にいいよ、結婚式の一つや二つ。……それに正直、ヤロー相手の式には、興味がない」
「あは、ははは」
 ……瑞桜が言うと、なんか洒落になっていない気がするので、この場は無難に笑って流してしまう。
「しっかし、寒いねぇ。何でこんな中途半端な時期に式を挙げるの?」
「……二人にとって、思い出深い時期なんだってさ」
「思い出、ねぇ……」
 そんな他愛もない話をしながら、教会の外階段の下で、姉が出てくるのを待つ。
 風が、葉の落ちきったしまった桜を微かに揺らしていく。
 しばらくすると、中から式の参列者が出てくる。
 母さんと目が合い、「全く、この子は」的な目を向けられるが、ぺろっと舌を出して返事をしておいた。
 ――――というか、目に涙を浮かべている父さんの様子が、びっくりだった。
「……あっ」
 そのとき、空から季節はずれの粉雪が落ちてきた。
 雪は密やかに落ちてきて、そして、風と一緒に、音もなく舞い踊る。
「……こんな時期に……初雪?」
 思わず空を見上げると、その瞬間を見計らったかのように、教会の鐘の音が鳴り響いた。
 静かに粉雪が舞い踊る中、姉が出てくる。
 あたりを埋め尽くしている人たちを、そして空の彼方を、幸せそうな笑みを浮かべて、順番に、ゆっくりと眺めていく。
 雲に切れ間があったのか、そんな姉を光の筋が照らし出す。ライスシャワーのように、粉雪が降り続ける。
「……こいつは綺麗だな、絵的に」
 背後からそう声がかかり、肩にポンッと手が置かれる。
「ふぇっ!? って、きゃぁぁ!」
 あまりの不意打ちにびっくりして、情けない声が漏れる。
「……なんだよ。自分で「後で来い」といってたくせに」
 隣の瑞桜が、ニヤニヤとした笑みを浮かべているのは、この際無視をする。
「本当、綺麗だよね。……惚れちゃいそう?」
 気持ち体を後ろ向きにしながら、律儀に来てくれた彼の顔を見上げ、そう尋ねてみた。
「いや? 別に。絵的に綺麗なだけで、個人として綺麗なわけじゃないからな」
 そんな彼の返事に、がっかりと嬉しさと微妙な期待が入り混じった、妙な感じを受けた。
「え〜っ? それってセ・ク・ハ・ラ だよ?」
「そうか? でも俺にとっては、そうなんだから仕方ないさ。それに俺は……」
 そういうと神崎さんは私の目をふっと見つめてきた。
 私は慌てて、姉に目を向ける。視界の端の瑞桜が、なにやら意味深な笑みを浮かべているのは、気のせいだと思いたい。
 姉は真っ白な衣を身に纏い、真っ白な粉雪を従えながら歩き出す。そして、手に持っていたブーケを、さっと空高く放り投げる。――――私の居る方向に。
 ……全く。お姉ちゃんには敵わないなぁ。そう思いながらも、それはどこかくすぐったいような気持ちだった。

 歩き出す姉に、最高の笑顔を。
 これから始まる未来に、強いエールを。
 弱い私に、歩みだす勇気を。

 舞い踊る粉雪の中を飛んでくるブーケに、精一杯手を伸ばしながら、私は願い続けた。

 ――――私は、青空の下で、式を挙げるんだ。きっと。絶対に。

 空の高いところで、もう一人の姉が優しく微笑んでくれたような。そんな気がした。


FIN